あの子、やるよ



 『ビヤーガーデン』の季節が到来。
酒好きの多い洋二たち学生は、誰からともなく
ビヤーガーデンへ行く話しがまとまる。
隣クラスにその話しは伝わり、参加者は増えていく。

 浅田は娘ぐらいの江本を、とくに可愛がっていた。
 「今度のビヤーガーデンにお母さんを連れておいでや」
 「えー、お母さん。そんなの嫌やわ」
鰾膠(にべ)も無く江本は断る。

ところが当日、見慣れない婦人が学校に現れ
それが江本の母親だということが、わかった。
浅田は江本の家に電話をして、誘ったらしい。
肝っ玉母さんで、浅田とはいつのまにか面識があったようだ。
当然、江本は母親を嫌がるが、皆で説得して同行してもらう。

考えてみたら、全盲者と弱視者ばかりでは困ることが多い。
学校の駅周辺の店ならどうにかなるが、梅田へ出るとなると
便利屋さんが必要となる。
浅田の用意周到な配慮にはあきれるばかりである。
母親も嫌な顔をせず、納得のうえらしい。

 飲み放題.食べ放題の店は、5時半を過ぎたばかりだというのに
すでに酔客が屯している。できあがるのが早い。
しらふの目で見ると異様な世界だが、すぐに同化するはず。
あらかじめ予約をしていたので席は確保できている。
これも浅田のまめな働きによるものだ。

洋二ら見えるものは、江本ママについていく。
両手に持った皿に焼きそばや餃子.ウィンナー.焼肉などを盛ってもらう。
席まで運ぶと、すでに飲み始めた連中は
 「すまん、ビールおかわりしてくれ」
乾杯は終わったとはいえ洋二らは、まだゆっくり飲むことができない。
肴を持っていった者が、帰ってこなくなる。
おのずから、動く人が選別されてきてしまう。
みなが料理と飲み物を食べて落ち着いたところで
洋二もやっとビールを飲むことができた。

 (こりゃー、大変や。何もここまでして飲まんでも…)
苦笑しながら、遅れた分を取り戻すべく飲むのに精をだす。

 「こんどはチューハイ、いや日本酒を持ってきてんか」
 「もっと味わって飲めよ。まったく…」
動き回りながら飲む酒は、酔いも早い。
あっというまに制限時間は過ぎていった。

居酒屋へ繰り出すのだが、誰も帰ろうとはしない。
ここでは店員さんがいるので安心して飲むことができる。

洋二の隣りに座った江本ママも、かなりの多弁。
 「川村さん、結婚してるの?」
 「この顔ですからね。世間がほっときますかいな」
バシッ、言うが早いか平手がとんでくる。
 「川村さんが離婚してくれるなら、あの子やるのにな。わたしゃ
あの子のためだったら、ラブホテルでもどこへでも連れて行ってやるよ」
江本ママは言う。
 (おいおい、犬や猫じゃないんだぜ。まったくもう〜)
まんざら酔った勢いでもなさそうに、聞こえてくるのは
こっちも酔っているからだ。

 「僕はえっちゃんよりも、お母さんのほうがええな〜」
バシッ( ・_・;)
 「痛い、今のはきついー」
同じ肩ばかりたたかれて、洋二は悲鳴をあげる。
 「ハハハハ、負けそうや」
洋二も涙を流す。

母親は、全盲女性の結婚は限りなく困難だと言いきった。
中途で失明した女性ならともかく、先天盲では………と付け加える。

 「はじめからあきらめているようだけど、それが余計不憫でね〜」
物言いはおだやかであるが、苦悩の色はかくせない。
 「そんなことはないでしょう。縁なんてどうなるか
神さんだけがしっているもんですよ」
一呼吸おいて、江本ママは続ける。
 「それは、見える人の場合ですわ。誰が好き好んで
見えないもんを嫁にもらいます…。そんな殊勝な人がいたら
それこそその人が神様ですわ」
それに続く言葉は、誰からも出ない。

 「もう〜、だからお母さんを連れてくるの嫌なんよ」
向こうから江本が叫ぶように言う。
 「そやそや…、今日は楽しく…飲もうで。ほらもう一杯どう」
浅田は完全に酔っていた。
 「じゃあ〜、チューハイをもらおうかな」
江本ママは、グラスを高く掲げた。

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