水の都、
蘇州を観光

     水の都、蘇州を観光
       (3月9日)

 6時45分、無錫発の汽車に乗る。
今度は硬座。だが、指定席券である。

【中国の汽車】 座席は硬座と軟座がある。軟座は指定席であるが、
硬座は指定席券と自由席券がある。硬座といっても、そんなに硬くはない。
他に寝台車の硬床と軟床があって、これは取るのは難しいらしい。
蘇州駅ホームの汽車
 社内に入ると、4人がけと6人がけの
座席である。
私たちは4人がけの席だった。
向かいにはおばあさんと
孫らしき若い男が座っている。
二人は楽しそうに話しをしていた。
そこへ男が現れ若い男に何かを言った。
入れかわりに、その男が席に座る。
 「どうしたんやろ」
 「あの男は指定席券を持ってなかったのさ」
 「へえ、おばあさんと孫じゃなかったんか。
すると勝手に座ってたわけか」
 考えてみれば、空いていたら座っても悪いわけじゃない。

日本では盆.正月以外は指定席車に乗ってくる者はいない。
何となく感じた違和感は、それだった。

 陳さんは通路向かい側の客と話しをしだす。
安徽省から寧波(ニンポー)へ出稼ぎに行く
二十歳の女の子である。
彼女は兄.弟との3人兄弟。
兄は大学生で私は勉強が嫌いだから、働いて学費の
援助をすると言う。
ミシン工場で働き、宿泊とお昼はまかなってくれる。
月1800元がもらえると言う。
 しかし、陳さんの聞き上手わもちろんだが、
何もかもつつみ隠すことのない大陸的な感覚には
私などはついていけない。
だが興味ぶかい話しだった。

 彼女は上海から、さらに3時間強乗っていくらしい。
30分ほどで蘇州に着いた。陳さんは
 「ここに座ったらいいよ」
と、指定席券を持たない彼女に譲る。


 駅の周辺はあちらこちらで、工事をやっている。
途中下車したものだから、明日の乗車券に切り替える。
日本のようには、自販機で簡単にかえるものではない。
しかも、蘇州出発は蘇州駅でしか買えないらしい。
意外と簡単に買える。
 「今日は運がよかった」
陳さんは満足そうに言う。

 明日、私を送ってから無錫へ帰る陳さんは、
上海の友達にキップ購入を電話で頼んでいた。
中国の交通事情は思ったよりも、不便なようだ。

 私たちはまず、宿を探すことにした。
地図を買おうと、売り子のおばさんに話しかける。
ところが、観光案内も紹介しているよと言ってきた。
長い交渉の末、ようやく話しがまとまる。
私たちは10分ほど離れた駐車場へ連れて行かれた。
そこは観光バスが止まっており、一人のおじさんが車を横につける。
 「ホテルへ行って、荷物を置いてから観光や」
 「え〜、話しはまとまったん」
 「ツインの部屋で二人で80元らしいよ」
(エー、大丈夫かいな)
ナンとホテルまで送り迎えつきだ。
そのホテルは、決してキレイとは言えなかった。

 【金陽光】 п@0512-6777-9777
住所:蘇州市桃花場大街85

 再び注射場へもどると、若い女の子が
注射場から歩いてすぐの、拙政園から案内してくれる。
彼女の説明を陳さんが私にまた説明する。
明代の高官王献臣(おうけんしん)が造園したもの。

 船に乗る。8人ほどしか乗れない小さなその船は
観光船ではなく、生活に使っている感じ。
運河は生活排水が流れているのか、それほどきれいではない。


 次に、観光バスで要所を見て回る。
気がつくと周りは中国人ばかり。
中国東北地方から来ている人たちが多い。
日本からのツアーと同じで彼らは真珠工場でも
シルク工場でも、お土産を大量に買う。
かなり裕福な感じだ。
この一日の周遊は130元。

 船には4回ほど乗ったが、中でも1時間ちょっとかけてまわる
運河のクルージングはゆったりと楽しめた。
蘇州の水路  蘇州の運河は南京を経て
北京まで続いている。
住宅の間を進む船は、
いくつもの太鼓橋の下をくぐる。
運河沿いに建物や橋のある風景は、
さすが東洋のベニスだ。
もう少し、水がきれいだったら
言うことはないのだが。

 各家には川に降りる階段がついている。
ここで、洗濯物や野菜を洗うのだろうか。
きれいとはいえないこの水、心配されます。
白い壁の住宅は、いつまでも続いています。

 お昼時に立ち寄ったシルク工場で昼食。
食堂に入ると一人150元である。陳さんは
 「ここで食べないと、食べるところはありませんよ」
という姉御を無視して外へ食べに行こうと言う。
たっぷりのメン
 私たちは少し歩いたところにある
食堂に入った。セルフサービスである。
“蒸し豚肉メン”をたのむ。一つ10元。
メンはソーメンのように細くて量はかなり多い。
私たちのテーブルに箸を取りにくる人がいるのに気づく。
見まわすと、どのテーブルにも箸があるわけではない。
 (う〜ん、サービスはもう一つ)
あまりの量の多さに、私は残す。
陳さんはペロリとたいらげる。
前から思っていたが、中国人は大食漢だ。

 一服していると、おばさんがバケツをさげ、お椀を
入れてもっていってくれる。
それは、バケツに投げ込んでいるように
私には見えたが、割れてはいないようだった。


 北寺塔の観音堂を説明してもらっている時だった。
 「そこの人、帽子をとって」
と私は何回か注意された。そのたびに帽子をとる私を
 「あなたは日本人ですか」
と尋ねてきた。
それまで、日本人とはわからなかったことが
中国好きの私には、少しうれしかった。
九重の仏舎利
 陳さんはガイドの姉御と運転手に色々聞いていたようだ。
それは私が興味ありそうなことを、聞き出してくれていた。
 「二人とも月に2000元ぐらい、もらうらしいよ」
抜け目の無い陳さんには、まいった。
 「さっき、甘栗をあの娘にあげようとしたら
のどが渇くからいらないって言われた。ずっと
しゃべりっぱなしだから、しんどいよな」



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