血液型の
 こだわり




 テレビの春先の長期予報では
 「 今年の夏は猛暑になりそうです。」と言っていた。
ところが、いつまでも涼しく、気象庁は180度転換。
あわてて冷夏宣言を出した。
8月に入ると、猛暑・酷暑が続くようになった。
またもや気象庁は「猛暑宣言」に切り替えた。
猫の目予報は、今に始まったことではなかった。

 “熱中症”で亡くなった人のニュースが流れ出したある日、
母親が気分が悪い、フラフラすると言い出した。
「熱中症じゃないか。クーラーも入れんとおるさかいな」
あいにく、盆休みで救急病院しかあいていなかった。

 医師は検査の後、
「ポリープが敗れて出血していて貧血状態になっているから
入院してもらいましょうか」
とあっさりと言った。
母はゆるく冷房の効いた個室で一人ごちした。
 「わしゃ、痔が敗れて血便が出てるとおもうとった。まさか腸のポリープがな
…わからんもんや…」

 ICUの中で、真っ赤な輸血瓶が、痛々しく光っていた。
 「わ、わたしゃ、B型じゃない!」
静かに横たわっていた母が、突然大声を出した。
唇も手も、ブルブルと震えている。
今にも起き上がって針を抜こうとさえしていた。

 「ちょちょっと待って、どうしたんや」
私はあわてて、母を制した。
起き上がろうとする力は、年寄とは思えぬほどに強い。
 「だから、わたしゃB型じゃないんだって」

 そう言えば、自分はA型だと言っていたっけ。
すると、輸血が間違っていることになる。
 「わかった。わかったから待って、待って」
頭の上のナースコールを、すばやく押した。
看護師が急ぎ足でやって来た。

早口で事情を説明した。
なおも、横で母親は針を抜くように叫んでいる。
その間も、母親の身体を押さえる力はぬくことはできない。
看護師は笑いながら言った。

「間違いありませんよ。あなたはB型なんですから」
それでも母親は信じようとはしない。
 「とにかく、この針を抜いてください。お願いしますー」
必死の形相で哀願する母親。
 「抜けー、抜いてくれ〜」
言葉が乱暴になってきた。

 しかたなく、看護師はナースステーションに引き返し、
血液検査結果表を持ってきた。
そこには確かにB型と記載されていた。

 「おかん、間違いないで」
 それがわかった瞬間、母親の起き上がろうとする力が
ス〜とぬけていくのが私の手にはっきりとわかった。
しばらくは、言葉を失い天井の一点を
母は凝視していた。
下血の補充のための輸血だったから
よけい顔は青白く生気が感じられなかった。

80年以上もA型だと信じていた母。
 (アホらし、たかが血液型ぐらいで…)
私は腕をさすりながら、冷ややかな目で
母親の横顔を見つめていた。



 母は血液による占いや正確判断が好きだった。
茶タンスの上には何種類かの本が置かれていた。
その中でも、一番力説したのは
B型に対する偏見.差別発言だった。

 「だから、B型の人は嫌いや」
 「あかん、あの人はB型だから私には合わないわ」
 「あんなアホなほとができるタレントは、やっぱりB型だから
やるんやね」
 「変わり者ばっかりで、見とられんわ」
 口を開けば、B型を毛嫌いした。
その吹聴たるや、わが母親ながら
情けなかった。


母親に油を注いだのは、「B型の彼氏」という
韓国映画だった。
妻が近所の仲間たちと回し見しているビデオやDVDを
一緒に母も見ていた。

 2005年に上映されたこの映画は
血液型による偏見を誘発させる映画とも言われたが、
映画を最後まで観た人にはわかるように、
実際には血液型に振り回される人々について
コメディドラマとして描いたものである。
 わがままなB型の男と、小心者のA型の女の子の
斬新なラブストーリーだ。


 しかし、この映画は、母がB型を嫌悪する
最大誘因となり、助長することになった。



最近では疑似科学にすぎないものを、事実のように放送することに
批判が強まってきているように見える。
しかし、視聴率が取れたら官軍。
それにふりまわされる低レベル視聴者は
後をたたないのが現状でもある。

 おりしも2004年、韓国では「血液型シンドローム」と呼ばれる
ブームが巻き起こり、特にB型の男性は不当にも
「彼氏にしたくない」No.1に選ばれた。
また音楽界でもキム・ヒョンジュンが「B型の男」を大ヒットさせている。
だが、当然ながらその内容を巡っての論争が起こった。
しかし、ネット上でのサイトも生まれ、結局は一大ブームとなってしまった。
そして、この「B型の彼氏」が大ヒット、
血液型ブームを若い女性のみならず、
社会全般の話題へと発展させてしまった。


 「実は私、B型だったんよ。まったく知らなかった」
笑いながら、そう言えばすむことなのだが、
自尊心の強い母親には、そんなことができそうにない。
つまらないことに執着し続ける母親は、
幼児回帰している。まるで、この世が終わったような落胆ぶりだ。
年のわりには元気のありすぎる母親が、しばらくは
おとなしくなることに、期待しよう。

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