年をとっても
 働かざるをえない?




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  「目が見えんようになったら、あんまやさんになるしかない」
 昔、よく言われたことです。

 最近では視障者も色々な職業に従事できるようになりました。
  医師や弁護士.大学教授から、IT関係の
 仕事をする人まで、さまざまです。
  しかし、それはほんの一部です…。

  それでも、大半はあはき師への道を進まざるをえないのが現状です。
 あはき師とは言うまでもなく、あん摩マッサージ鍼灸師のことです。
 
  視障者があはき師になるには、文科省管轄の盲学校化、
 厚労省管轄の国立視覚障害者センターで3年間勉強します。
 その後、国家試験に合格して、はれてあはき師になれます。

  関西では神戸に視覚障害者センターがあります。
 学齢期を終えた学生たちを中心とする盲学校と異なり、
 中途で視障者センターに入った人たちは大人が中心であり、
 卒業後の団結力も硬い。

  阪神間でも、彼らは同窓会組織を作って、
 勉強会やレクレーションなど、盛んに活動を展開しています。

  私は盲学校出身ですが、友達のふくさんの紹介で入会し
 行事に参加させてもらっています。
 
  歩くのは、楽しい〜
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  毎年、異常気象は着実に進んでいるようです。
 今年は梅雨があけるのが遅く、
涼しい日が続きました。

 しかし梅雨があけると、それまでの暑さを
 凝縮するかのように
 猛暑となりました。

  ふくさんから電話連絡があったのは、
 最高気温36℃の
 今年最高を記録した日でした。

  「9月の行事は、神戸の“農業公園.ワイン城”へ
 バスで行くよ。ワイン城には、バーベキューがあって
 3人1組で食べれるらしいけど、どうする?
 費用は一人1500円だけどね」
 楽しそうにふくさんは言いましたが、声はだるそうです。
 暑さにはまいっているのでしょう。
  もちろん、私は二つ返事でOKしました。
 いつも弁当を持参するのですが、今回は必要ありません。
 
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  A市では、高齢者や障害者のために格安でバスを提供しています。
 老人クラブや障害者団体が申し込み、抽選されます。
 うまくいけば、年に4回ほど利用することができます。
 マイクロバスは定員30人です。

  今回も盲導犬二匹も一緒で、満員です。
 月に1度ぐらいは会うとは言え、みんな前や後ろ、左右としゃべりっぱなしです。
 
  バスは1時間半ほどで、ヤクルトの工場へ到着しました。
 3階まで上がり大きなガラス越しにOM化された工場を、上から見学します。
 みよさんが、その様子を説明してくれました。

  やがて、若い女の子が会議室へ招きいれてくれます。
 ヤクルトについての説明とビデオ鑑賞です。
 見えないものは音声をじっと聞いていますが、何人かは居眠りをしています。
 お土産にヤクルトをもらって、帰りはみな上機嫌です。
 
 
  「ワイン城」は、平日ということもあり客は少ないようです。
 向こうには、ブドウ畑が広がっています。かなり
 広大な敷地でワイン工場も隣接しています。
 太陽の周辺には雲はまったくなく、初秋の日差しは容赦してくれません。

  我々は入場後、入り口で帰りの集合時間を決めてから、開散しました。
 これからは、各々好きなことをやるのです。
  私たち3人はバーベキュー場へ行きました。誰もいません。
 係員だけが目立ちます。公的施設だからでしょうか。

  さっそく、ジンギスカン鍋に日をつけました。
 焼くのはみよさんに任せて、私とふくさんはビールで乾杯です。
  9月に入ってかなり涼しくなっていましたが、昼間はまだ残暑が厳しく
 この日も、30℃は軽く超えていました。

 ビールがはらわたにしみるのがわかります。
  「う、うまい。たまらんなー」
  「プハー、五臓六腑にしみますなー」
 二人は一緒に声が出ました。みよさんには悪いけど
 まさに至福のときです。

  「ほかの人はどこへいったんだろう、誰もここへはこないね〜」
  「じつを言えばな〜、ほかの人は誘ってないんや」
 ふくさんはいつもとは、明らかに違っていました。声のトーンも
 小さく低くなっていました。

  「自立支援法ができてから、本人負担が増えたやろ。
 1日こうして遊ぶのもかなりのお金がかかるんや。おまけに、ガイドヘルパーの
 食事分も出さなければならないからな。計算すると大きいわな」

  さっき、ガイドヘルパーのみよさんが食事代を差し出したら、ふくさんは
 断っていた。本来は、どうなっているのだろう。
 私にはわからないことでした。

 みよさんは、ちらっとこちらを見ただけで肉を焼いています
 左手にハンドタオルを持ち、右手は一生懸命箸を動かしています。
 おそらく、化粧ははげているはずです。私たちの周辺の温度は、
 かなり上がっています。

  「それと、みんな仕事がかなり暇なんや。そんなこと、わかっているのに
 誘うのも気がひけてな」
 ため息交じりのふくさんの声は、ようやく大きく力強い
 いつものふくさんの声になってきました。
 
  しばらくすると、若い男女の二グループが入ってきて
 周りはにぎやかになってきました。さらに温度は上昇しています。

  肉や野菜を食べながら、ふくさんの話しは続きます。
  「仕事が暇なのは、無免許者が横行しているのが
 最大の原因やけど、施術者の年齢が高いことも大きな要因や。
 この会のメンバー、見たらわかるやろ。みな高齢や。
 わしの店の常連さんも高齢化してきていて、死んでしまったり
 元気でもうちまで来れない人が増えてる。それと年寄だと力がない、だから
 若い施術者のところへ客は行くわけや。
 せいちゃんとこは、今が一番油がのってるときやろ」
 私は返事ができなかった。

 ふくさんは今年67歳である。
 そう言えば、51歳の私が下から3番目の若さでした。
 私とふくさんもタオルで汗をふきながら、それでも肉とビールは
 どんどん消化していきます。風はまったく、ありません。
 
  「でも、若いときは景気がよかった。あの頃、稼いで蓄えた者はいい。
 蓄えがあるからこうして遊ぶこともできるんや。
 今の若い者は晴眼者との競争の中で、どうなるやろな」

  ふくさんの言う「今の若者はかわいそうや」は、真実味があり
 人事には思えません。
 
 
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  先々月は、六甲森林公園でした。
  「最近、仕事はどう〜。うちなんかはあかんわ」
 ふくさん以外の会員と話しをすると、決まってこの種の話題になります。
 商店街の中で店を開く私は、まだ仕事があるほうでした。

  しかし、仕事が暇なのは周知のことだったので
  「あきませんわ。暇ですねん」
 私は答えるようにしていました。
 
  「日曜日に常連さんが一人来たきりで、今週はまったくや」
 今日は金曜日です。月曜日から木曜日までボーズだったことになります。
  「えー。ならこの1週間で何人客は来たんですか」
 私は驚いて、おもわず聞き返しました。彼はスッと答えます。

  「うん。3人やな」
  「たった、3人ですか…」
 私は言葉を失いました。横でガイドヘルパーの女性が
 ニコニコして話しを聞いています。
 
  この話しをしてくれた人は76歳です。
 妻に先立たれ、障害基礎年金だけをもらい1級で82,000円だそうです。
 持ち家か借家かは聞きませんでしたが、確かに8万円ほどの年金では
 生活はやっていけません。たとえ一人二人しか客はなくても
 仕事をしなければならないのです。

  (もう76歳なら、楽隠居してもいい年齢なのにな〜
 隠居できないのが現実なんだな)

  「かわいそうにって、思ってるやろ。だけど、この年でも働けるのは
 ありがたいことや。健康維持にもなるし、1日に5人も6人も客が来たら
 こっちの身体がもたないから、今がちょうどいいんや」

  彼は私の考えていることを見透かしたように、付け加えます。
 それは負け惜しみじゃないよと言いたかったのでしょうが、
 本当のところは、どうなんでしょう。
 
 
  昼食はシートを広げて、みんなで輪になっての談笑です。
  「最近、プレクストークとかいうのが、あるみたいやな」
  「そうそう。CD1枚に録音されてるんやろ。点字を読む手間が
 省けるし、たくさん収録されてるらしいよ」
 そんな話題が出ました。

  「私、プレクストーク持ってますよ。かさばらないし
 10時間以上も録音されているので聞きごたえがありますね」
 あまりしゃべらない私が加わり、みなビックリしています。
  「へえ〜、あんたもってるのか。いくらしたの」
  「プレクストークは7万円ぐらいだけど、自己負担金が○○円でしたよ」
  「え、君は住民税を払っているのかね。もうかってるんだな」

 私は彼が何を言っているのかわかりませんでした。
  よくよく聞いてみると、年収が少なくて税金を払う必要がないひとが
 圧倒的でした。自己負担金の額で住民税課税所帯かどうかが
 わかるのです。驚きました。
 プレクストークの話題はふっとび、最近は仕事があまりないことに
 話しは移っていきました。
 
 
  いつだったか忘れましたが、「点字毎日」に視覚障害者針灸マッサージ師の
 月収は16万円という記事を目にして、信じられないおももちで読んだ記憶が
 あります。あながち、嘘ではないデータだったのかもしれません。

  「障害者自立支援法」なんて、今や誰も言いません。
 「自立阻害法」または「自立防止法」なんて、言ってます。
 まったく、余計なことをしてくれたものです。
 視障者の生活の実態を見たような気がします。
              (2006年9月17日)



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