あけび



 常連客のnさんは、洋二のところへ来るときは
必ず銭湯に入ってからやってくる。
洋二の母親ほどの年齢で、世話好きの人である。
冗談好きでどこまで信じていいのか、わからない人でもある。

 「昨日、えらいもん見たんよ」
 彼女は何か意味ありげに言う。
こういう時は要注意である。
 (またシモネタかいな…)

 nさんはマンションに住んでおり、自室には風呂はあった。
が、銭湯にやって来る。
この付近の人はそういう人が多い。

 一人住まいではしゃべる相手はテレビだけになってしまう。
銭湯に行けば話し相手がいるのだ。
だから、銭湯=憩いの場なのだった。

 おのずからグループができ、
彼女らは家族付き合いをしている。

新参者が入ったとか、つまはじきにされた話しを
聞かされるたびに、面倒だなーと、洋二は思っていた。

nさんはいつも午後の3時開始と同時に
入るのが習慣だった。

 「いつものように洗い終え、
ゆっくり湯船につかっていたの。
友達とたわいもないことをしゃべる、至福の時ね。
すると、Wさんが湯船に入ってきたのよ。
私は見るとはなしに視線を上げたの。
痩せて肉のおちた足が目の前にあったのよ。
片足を上げてそこで一時停止。
スローモーションで、それははっきりと見えた。
何が見えたと思う?」

 「見えたって、アレちゃうん...」
 (あまりおばはんの話しは、興味ないんだよな)
nさんは、意味ありげにニヤニヤしていた。
 (そういわれても、困るんだよな)

一息おいてから、彼女は言った。
 「真っ白な身体にあけびが。あけび」
 「ハアー?」
 (かなわんな〜。ほら、きた)
 「チャウチャウ、あれじゃなくて、その後ろの、、、、アレ
真っ赤にうれたあけびなんよ。」

 「そ、それって痔やろ、しかもいぼ痔じゃないんか」
おもわず笑ってしまった。

 Wさんも、その視線は感じていたはずだ。
どうすることもできない、もどかしさがあった。
タオルで隠せばバランスを失って、
倒れてしまうのだから。

 wさんはnさんよりも、ひとまわり上だった。
もちろん、羞恥心も自尊心も人一倍強い人だ。
そのことは彼女を治療する洋二がよく知っていた。

 一瞬、言葉がなくなったnさんたちは顔を見合わせた。
しかし、3人はそ知らぬ顔をしていつものように話しを続けた。


 「年はとりたくないけど、明日はわが身かな〜 と思ったら…」
nさんは、しんみりとしてしまった。


 wさんは膝がかなり変形していた。
彼女は文化住宅住まいだ。
自室に風呂があれば、ゆっくりと入れるのに。

wさんの悔しさとみじめさは
痛いほどよくわかるのだった。

 nさんも面白がって吹聴するような人ではない。
何か世の無常を感じた日でした。

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