私は働くのが
 こんなに 好きだったかな?






    1

 応接室のソファーは、低すぎて座りごこちが悪い。
眼前の部長は黙り込んでいた。お茶をゆっくりとすすった。
そして、ようやく口を開いた。

 「どうせ来年の3月には手術をするんやろ。それならしばらく
休んだらどうや」

 「いえ、リハビリは自分なりにがんばりますので
私にできる仕事を見つけてください」
色々な条件を出したものだから、
部長は面倒に思っているに違いなかった。

 「トイレは近いほうがいいです。同じ姿勢が長時間にならないほうが理想です。
重い荷物は運べませんので…」
と、芳江は言った。

それでも自分では無理難題を押し付けているとは思わなかった。
部長は困ったような顔で、芳江を見ていた。
眼鏡の奥には困惑の色が読み取れる。

 夏に左股関節の手術が終わり、
右は明けて3月に手術を行う予定だ。
意外と早く回復したので芳江は職場にもどりたいと考えた。
今日はその相談に来たのだった。

 晩秋のころから働き出すと、5ヶ月働いて休まなければならない。
どうせまた休むのだし、その間の給料も保証される。
無理して会社へ出なくても、と部長は言うのだった。

 さっき、元の職場に顔を出すと
 「あら、だいぶよくなったわね。歩き方が全然違うやないの」
と皆で歓迎してくれた。

しかし、職場復帰をほのめかすと、とたんに無言になった。
差し入れた饅頭とお茶をすする音だけが響いた。
彼らも、無理をしなくても…と言っているのがわかった。


夫も同じことを言った。
 「そんなに仕事が好きだったとは思わなかったよ。」

 そうではなかった。働いているときはむしろ仕事は
嫌いだった。
手術を終え、回復するにつれ働きたくなってきたのである。

休んでいると不安でたまらなかった。
定年までは2年しかなかった。
ポッカリと空いた隙間を埋めるには、働くことだと思った。

労使協定で、今から2年休んでも給料は
保障されることも、むろんわかっていた。
働けないから働かないのではなく、働けるのに働かないことは
芳江にはたまらなかったのだ。


 「わかった。何とか考えてみよう」
ようやく部長はそう言ってくれた。


    2

 会社の正門横で待っているはずの夫の車はない。
小春空の風は寒さをまったく感じさせなかった。
芳江は杖をつきながら、正面の道路に目をやった。
 会社のある区域は高台になっていた。


 昨年の冬、芳江は電動自転車に乗り換えた。
普通の自転車では、この坂道を上ることができなくなり
押して上っていた。同僚たちは横目で見ながら追い抜いていった。

電動自転車に変えてからは、歩く同僚たちに
 「おはよー」
と言いながら上った坂である。

道路の両脇は以前と同じ空気が漂っていた。
そう、急ではない坂道が、今は懐かしい。
電動自転車は今はバッテリーをはずしたままでシートをかぶっている。

 (これからは、毎日夫に送ってもらおう。
定年で働いていない夫は反対しないはずだ)


 「えー、毎日かよ」
夫はびっくりした顔で言った。

 「いいじゃないの。どうせ暇なんやから。毎日
ドライブしてるって思ったらええのよ」
娘が横から言うと、夫は不服そうに口をつぐんだ。

 「だけど、クビになるかなあっておもってたけど、よかったなー」
夫はいまさらながらのように言った。

 「今行ってるマッサージの先生が教えてくれたんだけど
“障害者雇用促進法”ってのがあって、企業は従業員の
1,4%にあたる障害者を雇わなくちゃいけないんだって。
簡単にはクビにはできないのよ」
芳江は昨日、聞いた話しをした。

 「フーン、そうなんや」
 「しかも、私の場合1年半給料の半分を雇用保険から
補助してくれる制度があるみたい。だけど
私の会社には障害者がいるのは知ってるけど、
1,4%を達成してるかな。」

 「その時は、どうなるの」
 「拠出金を出すんだって。ようするに罰金ね、それで障害者雇用に
役立たせているみたいね」
芳江は障害4級になっていた。



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