よかった!




 (やれやれ、今日も終わった…)
洋二は妻と“夜桜見物”の後
外食する約束をしていた。

リュックを取り上げると、電話がなった。
 「はい、整風堂マッサージです」
 「先生、Yさん今日来た?」
常連客のKさんだった。声がうわずっていた。

 「Yさんなら午前中に来たよ」
 「さっき聞いたんやけどYさんが救急車で運ばれたって
何か知らない」
 「えー、何も聞いてないよ」
 「そう、ちょっと診療所に行って聞いてくるわ」
Kさんはそう言うや、ガチャリと電話を切った。

 そろそろ、妻がやってくる時間だ。
しかし、何があったんだろう。
洋二は夜桜見物のことなど吹っ飛んでいた。
 (うちは明日、定休日だ。連絡をとる方法がない。
どうしようか)

 また電話がなった。
 「お昼、診療所で演説会があって、その時倒れたらしいわ。O病院らしいわよ」
 「それで、なんで運ばれたか聞いた」
 「それがわからない。妹さんとこへも電話をかけたけど留守なのよ」

 まさかとは思ったけど“医療過誤”が頭をよぎった。
Kさんは友達を心配するあまり、電話をかけてきたのだった。


 Yさんは、このところは来ていなかった。
昨日昼過ぎ電話がかかってきて予約をした。
1年半ぶりの来院だった。

 「去年は、さんざんだったわ。鼻から上のほうだけ
毛虫に刺されたように小さな“はれ”ができたのよ。
検査を受けたら、リウマチの数値が高いことがわかったの。
治療をしてもぜんぜんよくならないの。

“膠原病”かもしれないとも言われたわ。
診療所の先生が大きな病院での精密検査をすすめるから、
神戸までかよったわ。半年以上もよ。

 結論は、数値は高いけど症状が出ないケースだから、
心配はないだろうって。
なんか、検査ばかりして疲れたのか
身体がだるくて、何をするのもおっくうなのよ。
もんでもらったら、少しは楽になるかもって思ってね」

そんな話しを聞きながら、ゆっくりともんだ。


 妻がやってきた。
事情を説明しO病院へ連れて行ってくれと頼んだ。


 7時半を過ぎていた。
夜間入り口の受付で
Yさんのフルネームと今日運ばれたことを説明した。

 「はい、確かにいますね。6階の集中治療室です。
奥のエレベーターから上がってください」

 エレベーターを待つ私たちの後ろを仕事を終えて
帰るスタッフのにぎやかな声がする。
 (ICUにいるのなら、だいぶ悪いのだろうか)
彼らの後姿がうらめしく、なかなか来ないエレベーターが
もどかしかった。

 ICUの入り口付近でナースを見つけ事情を説明した。
彼女はどうぞこちらへと、案内した。
大きなICUだった。カーテンでしきられ、患者と家族で
ごったがえしていた。

 「ここですよ」
そう言ってナースは立ち去った。

 躊躇したものの、思いきってカーテンを開けた。
ベッドの横で男女が話しをしていた。

 「あら先生、どうしたの。何でわかったの」
Yさんの妹のMさんだった。
 「Kさんから聞いて、びっくりしてとんできました」
Mさんのご主人が立ち上がって、場所をあけてくれた。

 MさんがYさんのかわりに説明する。
 「心筋梗塞だって。3時間ほど前カテーテル手術をしたところなの。
もう1本手術をしなければならない血管があるから、
明日かあさって手術をするそうです」

 洋二はびっくりするとともに、少しほっとした。
 「そうですか。心臓が悪かったんですか」
 「私は糖尿病だけで、心臓は悪くないって思ってたのに…」
 「何言ってんの、悪いからこうなったんでしょう」
Mさんはあきれたように、言う。
洋二も笑った。

 「だけど、先生にもんでもらってよかったわ。
あれで気分が良くなって、食欲もでて演説会へも行けたのだから。
あのままだったら、家で寝ていて今頃死んでいたかも。
でも、死んでもよかったけどね」
 洋二はYさんの言葉を複雑な気持ちで聞いた。

 「そうよおねえさん。病院で倒れるなんて運があるのよ。
生かされてるんだから、もう〜」
Mさんが横から言う。洋二もうなづいた。


 帰り道、Kさんに電話をかけた。
 「えー、病院まで行ったの。一人で?
そう奥さんと一緒に、そう、ならもう安心ね」
 Kさんと洋二は、思いは違うものの(よかったー)と
胸をなでおろした。

 「さあー、おいしいものでも食べようか」
急に空腹感を覚えた。

 糖尿病の合併症にはよく見られる症状です。
痛みをあまり伴わないため発見が遅れます。
高齢化社会は、小さな治療院でも確実にやってきています。
        (2007年4月11日)
    ☆ あんまのある風景へもどる
    ☆トップページへ