1
ごひいき客の『武生ばあさん』は74歳です。
ご主人を亡くして20年、一人暮らしをしていた。
身体にはよく気をつけ町医者や洋二のところへも周期的に
かよっていた。
洋二のところでは話しをするのが特に楽しみのようだった。
もんでいると、右手前腕部分に紫色の斑点を見つけた。
小さいとわからないが、弱視の洋二にも、
はっきりとわかる。
よく見ると、左腕にも紫斑はある。
「どうしたん。えらい痛々しいな〜」
腕を触りながら聞いた。
「あーこれ。点滴の跡よ」
「そうなんや。僕が強くやりすぎたと思ったよ」
以前、彼女の身体に何回かアザをつけたことがあった。
「看護婦さんで下手な人がいるのよ。ひどいときなんか
5回も6回もやって、やっと入るのだから」
お年寄りの点滴好きは、あきれるほどだ。
風邪をひいたと言っては点滴、だるいからと言っては点滴をしている。
無駄な医療行為ではと、洋二は考えている。
かっては、点滴でもうかるものだから、いらない人まで
どんどん点滴をしていたようです。
今では、保険点数も低いので医者はあまりしたがりませんが
慣らされた患者は、それでは納得しません。
「今日はめまいの薬を入れときましたよ」
「睡眠不足にきくのも入れといてね」
こんな会話が客と医者の間で、交わされているようです。
2
点滴というのは血管確保をして、皮下の血管から
電解質を含んだ水分を重力を利用してゆっくりと流し込むものです。
もともとは下痢や嘔吐がはげしくて、口からの水分摂取ができない人に対する
水分補給処置として考えられた方法です。
この血管内に直接水分を入れる点滴法は脱水症の患者さんにはきわめて
有力な治療法となりました。
コレラなどのように異様なまでの下痢で水分がどんどん出て行く病気などには
特に有効でした。
要するに点滴とは水分補給にしかすぎないのです。
よく点滴で栄養補給ができると思っている人がいますが、
基本的には点滴で補給できる栄養量は微々たるものなのです。
点滴をすることで、なんとなく効いたような気がする。
せっかく医者へ行くのだから、してもらわないと損だ。
どうも、そういうことのようだ。
3
「なかなか消えないな。かえってひどくなってるんじゃない」
『武生ばあさん』の腕は見るも無残だった。
「先生には言った。見せた?」
「もちろん、でも知り合いから紹介された看護婦さんだから
クビにはできないみたい。そのうち、うまくなるだろうって言ってる」
『武生ばあさん』の話しでは、その看護師さんは
1年ぐらい勤めているそうです。
なるべく、彼女がいない日をねらって行くのだが
たまに彼女にあたったら、消えかかった紫斑が、
またできてしまい、消えることは結局ない。
「たぶん、その人は点滴や注射のセンスがないんですわ。
うまくなるのだったら、もうとっくにうまくなってますよ」
洋二はちょっと酷だと思ったが言いました。
看護師はみんな注射や点滴がうまいとは、限りません。
どうしても注射や点滴が上達しない人は、他の医療業務に
まわるべきではないでしょうか。看護師の仕事は
注射や点滴だけでは、無いと思います。
「そうかもしれないわ。だから、患者さんは減ってるみたい」
(町医者も大変だな〜)
「この間なんか、注射をするとき
『じゃ、いくわよ』って言ってから打つんだからね。
黙って、さっさと打ってくれたらいいのに。
『い、いくわよ』って言われたら、心臓がドキッとして、大変なんだから。
何のために病院へ来てるのかと思ってしまうわ。
「おまえそれでも看護婦か。痛いやないか」
「先生、この人下手だから先生が打ってよ」
横柄な言い方をする患者さんは少なくないようだった。
「あんなふうに言えたらいいだろうけど、私なんかよう言わんわ」
『武生ばあさん』はあきらめたように言いました。
5
『武生ばあさん』は必要でないときは、点滴をしなくなった。
医院に通う患者さんは確実に減ってきているようだった。
重い腰をあげて、医師が看護師さんをクビにしたのは
それから数ヶ月後のことだ。
『武生ばあさん』の腕は、すっかりきれいになった。
それでも、やはり点滴や注射は、たまにしてもらっているようだった。
点滴や注射をするところがあるから、する。
これが、必要最小限にとどまれば
『国民医療費』は、かなり少なくなるのではないでしょうかね。
【参考】
「ようこそDr町田のホームページへ」の中の
「点滴の話し」を参考にさせていただきました。
町田先生のHPへは、私のリンク集から、どうぞお入りください。
三浦哲郎さんの『指』は、注射が下手な看護師さんの
話しです。短編ですので、お勧めです。
(2006年9月8日)
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