天津漫遊


 出発は成田空港でした。私は前日、川崎(神奈川県)に住む
娘のところで泊り、成田まで送ってもらうことにしました。

 2時間少しかけて、成田到着。
合流してツアー中、同室になるHさんを紹介してもらいます。

海外旅行に慣れた人で、これまでに行った国は57カ国。
今年は海外へ5度目だと言います。ニヒリストで近寄りがたい。
どこか“世捨て人”の感じ。

 (え〜、金持ちのボンボンかよ。かなわんな)

 ところが、話しを聞いてみると
普通高校の英語の教師をやっていたが、40歳で失明
点字を習得し盲学校の高等部で定年を迎えた人。
苦労人だったのです。

 すっかり仲良くなり、二人とも愛煙家なのが幸いしました。
ツアー中のいいコンビになります。

 富山県からはFさん夫婦二人。やはり、盲学校の教師を定年退職し
海外旅行はハワイについで2度目。

 宮城県からはIさん夫婦。国家公務員を定年退職した人。

 大阪からTさん。81歳の女性。
この人も盲学校の教師をやっていた人。

 ツアーサポーターのKさん。クラツーが養成したヘルパー。
ガイドヘルパーの晴眼女性です。

それに、若い添乗員のhさんが面倒をみてくれます。

私を加え、9人で出発。

 ところが、ここでハプニング。
大阪のTさんがパスポートを忘れてきた。(大阪に)
ガッカリするTさん。添乗員のhさんのはからいで翌日、関空から単独で
北京入りできることになりました。

 天津で合流することを約束し、とりあえず私たちは出発しました。
しかし、81歳の全盲女性、不安だったでしょうね。

 現役で働いているのは、私だけ。やはりある程度の収入がある視障者の
それも時間がとれる人の旅行と言えるかもしれません。
 (皮肉ではなく、実感です)


    
青木先生に会う

 初日、北京入りした私たちを“李”さんが迎えてくれます。
中国側の添乗員で6日間同行してくれるのです。中国語なまりの日本語で、
丸顔ニコニコのおっちゃん。

北京での夕食後、バスで天津のホテルへ。

 朝、青木先生といよいよ対面。点字毎日の記事や日本福祉放送で聞く
彼女とはイメージがまったく違う。私のイメージでは、大柄で、
ドシッとした肝っ玉女性だと思っていました。

小さな身体は可愛らしく、それでいてバイタリティーがある。
しっかりとした話しをします。
この学校の“高”校長夫婦も来てくれました。

 挨拶をすませた後、日本語学校の生徒さんが我々とペアを組み
観光へ出発です。彼らは見るからに晴眼者。
中に一人、弱視らしき“劉”さんとHさんがペアになりました。

 私のサポーターは若い“候”さん。
安徽省(天津と上海の間)出身で天津外国語大学大学院に
通っている人。なんと安徽師範大学で英語の講師をやっている。
ご主人は銀行勤務で、生活は少しゆとりがありそう。

 「私は日本語を学んで3年です。筆記試験は高い点数が取れますが
会話がだめなんです。今日は日本語を教えてくださいね」
そういう彼女は、けっこう流暢。

確かに細かな部分の通じない点は多々ある。
私も片言の、中国語で会話を楽しみます。

 「年は幾つ?)」
 「30です」
よくよく聞くと28歳。四捨五入して30だと彼女は言います。
(どうせなら若く言えばいいのに…)

 「日本の女性はそういう時は切捨てして、25歳だと言うよ。
日本女性は年齢にこだわるからね」
 「そうなんですか。勉強になります」
彼女は何回もこのせりふを言う。
中国女性は日本女性ほど、年齢にはこだわらないようだ。

   
天津体育館


中国けまりの道具です     青木先生はまず、我々を天津体育館へ連れて行きました。
体育館といっても、周りは広い公園になっている。

太極拳や思い思いにスポーツを楽しんでいる中国の人を見せようと
考えたようです。


 日本の“けまり(平安時代の貴族の遊び)”のような遊ぶグループを見つけ
バネと羽のついた遊戯品を見せてもらいます。
“高”さんは、見本を見せてくれます。

太極拳をする人々   太極拳  鉄棒で遊んでいる老人は何と81歳。
その若さにはビックリです。

 にょい棒や太い縄で楽しむ老人もいます。
鉄棒で鍛える、おじいさん 縄で遊ぶ、おじいさん   




   
  人力車に乗る

 人力車と言っても人が直接引っ張って走るのではなく
自転車で引っ張ります。
車がビュンビュン走る、道路の端を走行します。

爽快ですが緊張もスリルもあり、しかしながら我々の横を
自転車がスイスイ追い抜いていく。
なんとも不可思議な光景。

爽快でスリル満点
 前で自転車をこぐ運転手の荒い呼吸が聞こえてきます。
 「疲れるでしょう?」
彼は答えますが聞き取れません。

 「1日20人ぐらい乗せるそうです。一人2元。
本当は外国人は10元なんですけど今日は特別だそうです」

視障者にはむろん見えませんが
風と車が通る雰囲気は十分感じられます。

人力車を追い越す、自転車

  
お昼にみんなで、餃子を作る


 昼食は日本語学校で、水餃子。

我々も参加して餃子を作りました。
伸ばし棒で皮をつくり、ぐを包みます。
門の前の麒麟の像  餃子以外にも中華料理を出してくれます。
先ほど行った『遠東百貨』で試食を食べたので食欲はありませんでしたが
それでもみんなよく食べていました。

 私はここで“高”校長に日本のタバコをプレゼント。
かわりに中国のタバコをもらいます。

 日本の公営住宅のような建物でその中の一室で、
学校というには程遠い感がしましたが、30人ほどが学んでいるそうです。
視障者は3人しかいないようです。



  
骨董市で買い物


 私はここで、ストラップと携帯入れを買いました。
けっして高額ではないのですが値切るのは楽しみ。
しかし、うまくいきません。

“候”さんが横から助けてくれます。
値切る彼女の中国語は、早口で迫力満点。
8元のストラップが6元に、10元の携帯入れが8元になりました。

 「あ〜、満足だ」
彼女は大声で笑いました。



  
街中の、トイレ


 緊張と年齢のせいか、ツアー仲間たちはよくトイレへ行きます。
観光地のトイレはきれいで日本人にも違和感はありません。
場所によって異なりますが、骨董市の入り口のトイレは有料でした。
一人5角です。日本円で7円か8円です。
(有料ならもっときれいにしてほしいな)



  
歓迎会で、他の人とも交流


 夜は、場所を変えて『歓迎会』。昼間の学校のメンバーに加え
仕事を終えたOBが出席してくれました。
約30人ほど、集まったでしょうか。

ここで、ようやく大阪のTさんが合流。
一人旅は、心細かったことでしょう。

私のペアの“候”さんは、
 「国慶節に田舎に帰るキップを買わなければならないので
出席できません」
すまなさそうに言い、そして赤い飾り物をくれました。
 「すみませんね。日本から何も持ってきてないです。もうしわけない」
私は彼女と握手をして別れました。

大型連休には中国の人はいっせいに故郷へ帰ります。
切符をとるのは苦労するのです。

 中国式の『乾杯』で“白酒(パイチュー)”を飲みます。
つがれた杯は飲み干さなければならない。
我々はついていけません。

 青木先生は次々と杯をほしていきます。
長年、中国で生活すると酒も強くなるようです。

中国側の歌や、Hさんの声量のある詩吟で
座は、さらに盛り上がりました。


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