行きたきゃなか


 昼が最も短いといわれるその週、仲間たちと堀江真吾は『しあわせの村』に来ていた。
 「ワアー、小雪が舞っているよ。寒いはずよね」
ここは六甲の裏にあたる。バスから降りたとたん、
ガイドヘルパーの中西富江は声を震わせながら言った。
大浴場の巨大ガラス窓は白くくもり結露がしたたっている。
湯船には柚子が入ったアミ袋が下げられており
濃厚な匂いは身体をすみずみまで温めてくれた。
 (ああ、ええ按配やな。極楽、極楽)
風呂好きの真吾にとっては至福のひとときである。
 「そろそろ、上がりましょうか。もう誰もいませんよ」
友人のSさんに促され、着替えをすませほてった顔で廊下へ出ると、
富江が今や遅しと待っていた。
すでに休憩室の一角は仲間たちで占められ、弁当が広げられて盛り上がっている。

 「お、堀やん。あがってきたか。相変わらず遅いのオお。ま一杯いこか」
真吾の長風呂は仲間内でも有名であった。
カラスの行水の連中はすでに、かなりできあがっている。
 「うう、うまい。五臓六腑にしみわたるの〜」
1杯目のビールに勝るものはない。のどを鳴らしながらいっきに流し込む。
2杯目を注がれてから聞き耳を立てた。
みなの話し声はかなり大きい。
仲間たちの持ってきた弁当はおしげもなくふるまわれ、
真吾はいつもお相伴にあずかってばかりいた。
今日は富江もかぼちゃや煮魚などを持ってきて、他の人に分けに立ち回っている。
おすそ分けのおかずが、いつしか目の前のタッパにあふれていた。
卵焼きでも家庭によって味が違うし、塩鮭でもからさが違う。
そんな家庭的な味がたまらなく好きだった。
温泉と適度なアルコールで、皆の顔はほのかに赤かった。
帰りのバスの中では完全に熟睡していた。
おこされるまでセンターへ着いたことさえ、わからないほどだった。

 5時過ぎ自宅に着くと、あたりはもう暗い。
軽い疲労感を感じながら玄関に白杖を立てかけた。
室内は外よりも冷えているように思える。

 突然、電話がなった。
 「どうしましょう。出ましょうか」
富江はもう靴を脱いで上がっていた。
 「あ、はい。お願いします。」
靴を脱ぐのももどかしく、あがりがまちを確かめながら急いで歩みよった。
受話器の声は覚えのある福祉課の職員の声だった。
一瞬、不吉な予感が頭をよぎる。まずいことに真吾の予感はよく当たるのだ。
 「はい……。え、ええ…。はい……。ありがとうございました」
動揺を悟られないように受話器を置いたつもりだったが、
勘の鋭い彼女には通じなかった。
 「どうかしたの?」
 「淡路島の盲老人ホーム…、空きができたんやて。
さ来週には入所してほしいんやて…、そう言ってきたわ」
 「え〜! さ、さ来週…」
さすがに富江もめんくらっていた。
ストーブに火をつけながら、まだ何かを言おうとするのを制するように
静かに言った。
 「だけど、今日の温泉はよかったな。疲れもすっかりふっとんだ」
富江はもう何も言わなかった。
静かなファンの音だけが響いていた。
温まるまではかなりの時間がかかりそうである。

 富江が真吾のガイドヘルパーをやるようになって、やがて6年になる。
いよいよ、別れの時がやって来た。帰りのペダルが重いのは、
北風のせいばかりではなかった。

 老人ホームの空きができたので入るように言われたのは昨年の夏。
あのときは何も考えずに断った。
 「すみません。せっかくですけど今はちょっと入れません。
もう少ししてからお願いしたいのですが……」
職員はしばらくおし黙っていたが、低い声でゆっくりと言った。
 「今回はしかたありませんが、次に断ったら順番を後ろへずらします。
いつ、入れるかわかりませんからネ」
物言いは抑揚がなく、念を押すように威圧的に聞こえた。
 「エ、あ、‥‥そうなんですか。‥‥そうですよね」
閉口しながら、そして一礼して外へ出た。

 「しかし腹立つな、あいつが老人ホームに入れる権限があるっちゅうんやろか。
まったくお役人根性にはまいるな」
ぶつぶつ文句を言うと、同情するように富江は相槌を打った。
 「だけど、よく考えてみたら待機者が多いちゅうことやな。
待っている人がいるのに贅沢いうなちゅうことなんやな。
 ♪入りたい、入りたくない。入りたくない、入りたい音符 ‥‥か。
今度は断れんな」
 冷静に考えると独りよがりの思い過ごしである。
威圧的な物言いもかってにそう思っただけである。
サンサンと照りつける日差しとアスファルトの照り返しは、
容赦なく汗を噴出させる。
富江も無言だったが同じことを考えていたようだ。
あのとき悟ったのである。
 (入所しなければ今後の生活がままならない。行くしかないんや。
とうとうその日がやってきたんや。だけど、これから何をすればいいんやろ)
頭の中が真っ白になった。ショックはさすがに大きい。
首にかけていたタオルで顔全体を撫で回すようにふいた。
 「フフフ、猫みたいなふきかたね」
言われて真吾もつられて笑った。

 真吾は熊本の出身である。
無骨な身体は大きくはなかったが丈夫そのものだけが取り柄である。
小さい頃から農作業を手伝い腕っぷしには自信があった。
“とり目”と近所の子供からは、からかわれ、
それは網膜色素変性症だった。

 中学からは盲学校で学んだ。
はり灸あんまマッサージの資格を取り、卒後は大阪へ出てきた。
職人として大阪.神戸.西宮.尼崎を転々とした。
まだ、その頃はかろうじて視力はあった。

独立し、尼崎で治療院をかまえたのは50歳のころ。
すでに全盲となっていた。
 最初のころは繁盛していたが、還暦のころには仕事はめっきりと少なくなった。
最近では月に10人ほどあればいいほうである。
 「バブルの崩壊も大きな要因のひとつだけどね、
ほんまはわしが年取って力がなくなってきたのが一番の原因なんや。
年はとりたくないもんや」

 自虐的論理と仲間には批判される。
しかし分析すればするほど、確信はゆるがないのであった。
違法マッサージやら無免許マッサージと騒ぐが、
結局は時代にのり遅れた障害者の側にも問題はある。
それにしても免許を持っている人のほうが不利益をこうむる、
今の世の中はどうなっているのだろう。
近頃はそんなことばかり考えていた。


 「ウ……。すごいですね」
 真吾の家には生活支援のため、ヘルパーが何人か入れ替わりに毎日やってくる。
が、中でも富江は異質だった。
初めて家に来たとき、呆然と彼女は立ちつくした。
それがわかるまで真吾は少し時間がかかった。
困惑しているのがわかって、思わず笑みがこみ上げた。
他の人は慣れているのか、何も言わずに立ち働くだけだ。
あまり余計な詮索をしてもめごとになるのが嫌なのだろう。
その分、お世辞にも部屋はきれいとは言えないようだった。
その証拠に富江のおどろきようは(さもあらん)と納得させるものがある。
それからは彼女とは長い付き合いとなった。

 「物はあまり動かさずに、元の状態にしてくれたらありがたいんやけどな」
どこに何があるかは自分が一番よく知っている。
かたずけてくれるのはいいが、あまり動かされるとよけい後が難儀になる。
理解できたのか、富江は途方にくれながらも少しずつかたずけ始めた。
 「これは、どうします」
乱雑に積み上げられた点字本はほとんどが処分となる。
大事なメモもあったが、真吾は思い切って整理することにした。
 「あ、いらんな。でも、そっちは取っておいてくれるか」
必要なものとそうでないものをより分けていく。
彼女にはゴミの山としか見えないかもしれない。

 「すごいカセットテープですね。お金にするといくらぐらいなんでしょうね」
ほこりをかぶっているテープを丁寧にふきながら、彼女は言う。
 「さあてね、考えたこともないわ。でもこれは大事な宝物なんやで。
歌や浪花節はもちろんのこと小説なんかも録音してあってね…」
ラジカセは3台もある。テープは擦り切れるほど聞いていたものである。

 タオルやシーツが、いつのまにか新品になっていた。
手触りがこれまでとは違うのは何らかの模様がついているのだろう。
部屋全体が明るくなったような気がする。
それにしても、自分でチャンと洗っているつもりだった。
 かかった経費を請求してきたが、それぐらいですむハズもない。
 「遠慮しないで、損するのはそっちやで」
 「うん、家にあったのを持ってきたりしたから大丈夫。
でも、あきれるほどゴミが出ましたよ。
いっぺんには捨てられないから何回かに分けて捨てるからね。
しばらく玄関横にあるから、気をつけてね」
 やもめ暮らしの煩雑さはそう言われると苦笑で返すしかなかった。


 「はい、これが今おろした2万円。こっちが通帳とカード」
 「ありがとう、確かに受け取りました」
必ず一つ一つ確認して手渡してくれる。盲人にはプライバシーはない。
中でも金融機関での現金の出し入れなどは、全てがわかってしまう。
郵便局には盲人が仕えるCD機があったが、彼に仕えるわけもない。

 現金の出し入れを頼むことは、ヘルパーはみな嫌がる。
いくら「信用してますから」と言われても迷惑しごくなことである。
トラブルには巻き込まれたくなく、富江も当たり前のように最初は断り続けていた。

 老後のために預けていた貯金は、一千五百万円ちかくあったはずだ。
少しずつおろして使わざるをえなくなり、ちょっと贅沢をした時期もあった。
気がつくと、残金は少なくなっていた。
家計の内実を見せるのは、恥ずかしかったがそんなことは言えなかった。

 (誰か後ろからついてきてひったくられたとしても、
私が責任を負わなければならないんだ。しかたないことよね〜、フ〜)
銀行や郵便局の行きかえりは緊張感で息がつまりそうになる。
そんな富江の心中穏やかでないことは、真吾はつゆほども知らない。
お金を出すたびに見えてしまう通帳の残高は、残り少ないことがわかる。
そっちのほうも富江には気がかりなことであった。
 使い古しの通帳を悪いとは思いながら、見たことがある。
一千五百万円近くあった預金が、この十数年で見事なまでに減少してきていた。

 ある日、富江は生活保護を受けることを勧めた。
さすがに真吾は驚いた。
が、それは正直ありがたい話しでもある。
しかし抵抗感はまだある。
 「そんな〜、格好悪くてできんわ。仕事はまだできるし、がんばるだけやで」
 「余計なこととは思ったけどね、友人のご主人が民生委員をやってるの。
話してみたらね、そのほうがいいだろうって。
この地域の民生委員も紹介してもらったからね。
あ、堀さんに相談せずにごめんなさいね」

 富江は独断ですすめたのではなかった。
勤めるケアセンターのスタッフにも相談した。
真吾のたった一人の姪にも会って実情を説明した。

 「おじさんが困っているのはわかるけど…、こっちも子供に金がかかるしねえ。
生活保護が受けれるのなら、そのほうがいいんじゃないの。
いずれは老人ホームにでも入ってもらわなくっちゃ私も困るわ」
まるで人事であった。
姪がそんなことを望んでいるなどとは真吾には言えるわけもない。

 真吾は拒否し続けた。
だが古稀を向かえるころには応じざるをえなくなってきた。
障害年金は家賃と光熱費で3分の2はなくなる。
食費も切り詰めるだけ切り詰めた。
もっと安いアパートに引っ越そうかとも考えたが、
今さら貸してくれる家主も見つかりそうにない。
全盲で高齢の一人暮らしの男というのは貸してくれない最大の要因でもある。

 高齢者人口が急増し、老人ホームは順番待ちでなかなか入りにくい。
生活保護と、老人ホーム入所を申請することに決まった。
これが新たな苦悩の原因になろうとは、
このとき二人は、予想できるわけもなかった。


 「まったく面目ないことです。ほんまに、申しわけございません」
民生委員の前で真吾は深々と頭を下げた。
 「何をおっしゃる。まじめにコツコツ働いてきたんでしょ。
節約して少しずつためてきた貯蓄は
おだやかな老後を送るためのものやったんでしょう。
目減りして生活が苦しくなってきているのに遠慮なんか…」
そう言われても、真吾は頭を下げ続けた。
 「年金を差し出し、足りない分を生活保護に頼るのはしかたないことです。
そんなに、卑下することはありませんよ。
特に、堀江さんの場合は家賃と医療費の補助ぐらいですむんですから。
全面的におんぶにだっこじゃないんです。
ここだけの話しですけどね。
人によっては若いうちはまだ収入がいいのをいいことにギャンブルや酒、
そして遊びまわって年を取って金がなくなった、病気になったから面倒をみてくれ
なんて泣きついてくる人もいるんですよ。
もちろん、そんな人は年金もかけていない人が多いんです。
心情的には自業自得とつきはなしたいけど、そうもいきませんからね。
そんな人に比べればね…。
あ、勘違いしてもらっては困りますが私が生活保護費を払うわけではないんです。
あくまでも市町村が面倒をみます。
私はそのお手伝いを少しだけやらせてもらいますさかい」
 民生委員はそう言って背中を押してくれた。
 子供がいるわけでもないし、兄弟もすでにいない。
近くにいる姪に迷惑はかけられないと真吾は日ごろから強く思ってもいた。

 生活保護を受けるようになったのは、障害者自立支援法ができる前だった。
それまでは措置制度が障害者施策の中心であった。
真吾は思い切って、しかし恐る恐る富江に聞いた。
 「友人から誘われたんやけどな。
ガイドヘルパーは生活保護を受けているひとはどうなるの。
頼みたいんだけどな。今までとは違うんやろ」
 「どこまで行くのですか?」
 「明石公園らしいわ。梅が満開なんやて」
 「いいですよ。行きましょうよ。弁当は私が作ります」
 「だけどね、生活保護を受けている身なんやで。
遊びに行くことは…ね。いいんやろかね。大丈夫なんかな?」
 「アハハ、何を心配してんの。
あのね、生活保護を受けている障害者は意外と多いのよ。みんな利用してるわよ」
あっさりと一蹴されてしまった。
健常者と同じように行動することを保障するものとして作られた制度を、
生活保護受給者が利用できるかどうかの懸念は、
ありがたいことに杞憂におわった。それにしても生活保護を受けている人が自分以外にもいるなんて、
それがわかると、安心というよりも複雑な気持ちである。


 それからは真吾は変わった。
定休日には遊びに出かけた。カラオケで歌い、
楽しく飲み、お風呂につかり、おおいに笑った。
行事のないときも、気の会う仲間が誘ってくれた。

 老人ホームにはまだ入りたくなかった。
楽しみをやっと見つけたのである。
経済的余裕はないが、精神的余裕がこの年になって見つかったのである。
それは、皮肉なめぐりあわせとしか言いようがなかった。

 言われるままに福祉事務所へ行き、あれよあれよというまに手続きが済む。
施設の職員(老人ホームの相談員)とやらが、面接調査にやって来た。
 「あの、実は入所を取り消したいのですが…。そんなことはできますか」
この言葉をいつ言おうかとタイミングを図っていたが、
とうとう職員には言い出せなかった。


 「医療費の負担も新たにできたし、
何よりもヘルパーさんへの1割負担はきついな〜。
先月なんか自費の分が2万円もあったわ」
 「ほんまやで。日常生活用具も少なくなったしな。
何でもタダにしてくれとは言わんが、もう少し安くならんもんやろか」
昨年から始まった障害者自立支援法には自己負担に不満をもらす声が、
真吾の周囲からもあがってきた。
生活保護を受ける身には、そんなことは関係はない。
なおさら、他の人達への申しわけなさだけがつのる。
今後のことを考えると、不安はよりつのってくる。
 盲老人ホームには入りたいがもう少し後にして欲しい。
勝手な理屈である。
何よりも、仲間達の苦情は胸に突き刺さっていくばかりであった。
忸怩たる思いのまま、苦悩の日々は過ぎていった。
十年一日のごとく平凡な日々が続いていると思っていた。
しかし、思い知らぬところで、真吾の回りはすっかり変貌していた。

 そして、もろもろの手続きが終わった。
 サークルの新年会の宴はたけなわであった。
真吾は立ち上がって声をはり上げた。
 「みなさん、すんません。ちょっと聞いてもらえませんか。
来週、老人ホームに入ることになりました。
みなさんには大変お世話になりました‥。ありがとうございました」
知らなかった仲間は、寝耳に水の話しに座は静寂につつまれた。
真吾の横には交互に仲間がガイドヘルパーに伴われやって来た。

 「びっくりしたわ。いつからそんなこと考えてたんや。
そうか、そうか、老人ホームに入るんか、寂しくなるな」
 「俺も、もうすぐ入らにゃならんかもしれん。待っててや」
 「さみしくなるな〜、なんて言うホームなん?」
次々に質問があびせかけられる。同じ回答を何度もくりかえす。
 「そういえばYさん覚えてる? あの人、2年前に入所していたはずやで。
仲良くしたらええやん。他にも尼から行った人も確かいたかも…」
 「そうやったな…。うん、うん」
何を言われてもうわの空で返していた。
せっかくの新年会が湿っぽくなったことを、最後に皆に謝った。


 引越しの前日の夕げに富江は真吾を家に招待してくれた。
いつも帰りの遅いご主人や子供も、この日は早めに帰ってきてくれたらしい。
彼女の気持ちは家族総勢のもてなしであった。
鍋をかこみながら、真吾は富江の夫に礼を言った。
 「正直こんな家庭的な雰囲気は久しぶりですわ。ありがとうございます。
何もお礼ができずにすみません……。
 若いとき実家に帰ると、送り迎えが面倒だったのか
家のものはいい顔をしませんでした。
だから、自然と家に帰らなくなりまして…ね。
最近は親が死んだときぐらいですかな…。
 母親は『たまには帰ってこんね』ってよく電話で言ってくれましたけど、
兄の代になった家には帰れんかったとです…。
 一人で暮らす末路がこれですわ…。 
正直、行きたかなか、ばってん…。
だけど、老人ホームに行ったら
意外と楽しい生活が待ってるかもしれませんよってに‥‥」
ごま塩頭が右へ左へゆれるのがわかった。
少し酔っていた。
そのぶん多弁になって気色満面な顔の自分がわかる。

 (一生懸命、自分なりにやってきたんや。望むことはもうない)
何かを吹っ切ったようなさわやかな気持ちが酔いを増幅させていた。
身体にしみわたる今日の酒は心地よい。

 「ごめんね。私が生活保護をすすめたばっかりにこんなことになって…。
もう少しみんなと遊べる方法があったのかも。私も無知だったわ」
富江は何回も謝ってきた。
 「そんなことはないって。遅かれ早かれ時期はやってくるもんや。
助けてもらったと感謝しているぐらいなんやから」
ご主人が「横でうなずきながらコップにビールをみたしてくれる。
 「おっちゃん、カンパチが好きやと聞いたからこうてきたんや。
たくさん食べてや」
彼女の息子が市場で買ってきてくれたサシミは大皿にあぶれんばかりに並んでいた。
食べても食べても、取り皿にサシミが置かれる。
 「おおきに、おおきに。うん、こりゃうまい」

 世の中は傲慢で残酷だ。
もう、どうにでもなれと半ば自暴自棄な気持ちにもなっていた。
だけど、捨てた門じゃないじゃないか。
家族の一員に加えてもらったうれしさは最後の夜を満喫させてくれた。

 荷物はできるだけ少なくして送る。
役所の手続きも富江と一緒に行った。
最低限度の貯金とは別のへそくりも、大切にしまった。
 「向こうに行ったら何があるかわからないのよ。
パアーとつかうんじゃなくて、できるだけつかわないようにしなくっちゃ」
 「お酒はあまり飲めないかもしれないけど、
そんなことでヤケをおこしたらダメだからね」
頭をかきながらつぶやいた。
 (こりゃ、まるで子供やな)
見送りは富江だけだった。
しゃべらないと涙が出るのを抑えきれなくなるのだろう。
迎えのバスがやってくるまでそれはえんえんと続き、止まらなかった。

 やがてバスがやって来た。
まだ彼女はしゃべっていた。
 「ほんまにお世話さんでした。本当にありがとうね。
富江さんも元気でがんばってや。家族や他の人にもよろしくな」
もう何も言えない彼女は聞き取りにくい声になっていた。
 「ぜ、絶対に遊びに行くからね…ウウ。
ごめんね、私が生活保護を…」
かろうじてそうもらした彼女の手を引き離してバスに乗り込んだ。
次の言葉は出なかった。
 係員が座らせてくれた席に、背筋を伸ばして正面を向く。
(早く発車してくれー)と願う。バスは出ない。
 「もう、いいですか」
声が出ない。彼女も同じだ。困った係員が静かに言う声だけが聞こえる。
 「発車してください」
ドアが閉まると一気に外部と遮断された。
富江の気配もかき消された。
 (あ〜、いよいよ帰るところがなくなるんや)
真っ暗な谷底に突き落とされたような暗い絶望感と不安感が
真吾の胸に広がっていった。

 三ノ宮駅前を出たバスは明石海峡大橋へと向かう。
しばらくすると係員は自己紹介をしてから車窓を説明した。
真吾の耳には入らない。
ノンストップで走るバスは速い。1時間も乗っただろうか。

 「到着しましたよ」
あまりにも早い到着だった。
バスを降りると、何人かの職員が出迎えてくれた。
フワフワした気分で挨拶をすませ引きずられるままついていく。
風の音が耳に入ってくる。
砂利道を枯葉を踏みしめながら歩くと木々の間から
潮の香りが鼻をくすぐったような気がした。意外と海が近いのかもしれない。


 盲老人ホームは淡路島の南西の海岸に面していた。
瀬戸内海を望む高台に位置し、おだやかな気候は豊かな緑と
きれいな空気をはぐくむ。
庭は四季折々の草花でみたされ、小鳥のさえずりや虫の声が聞こえてくる。

 3階建一棟、全ての居室が個室。
四畳半42室。六畳和室3室。洋室六畳6室で定員は51名である。
園内は手摺や点字タイルが配置され、各部屋の安全性は重視されている。

 真吾の部屋は1階の和室4.5畳だった。
入り口を入ると、右横に1.5間幅の押し入れがあり、
引き戸はなくカーテンでし切られていた。
上の押し込み部分もとりはらわれ、天井は高い。
スプリンクラーもついている。
洋服は下の段、寝具は上の段に置く。
荷物があまりないので空間だけが目立つ。
 四畳半の壁側はタンスが置けるぐらいの板張り。
ラックにテレビを置き小さな水屋と冷蔵庫、そして電話を並べた。
部屋の真ん中にはコタツを置く。
入り口と反対側は、広いガラス戸で南向きの三畳ほどの板の間。
晴れた日には陽が差し込み暖かい。
その横は、くくりつけの小さな洗面台。
コインランドリーで洗った洗濯物は、ここに干す。
やることもなく日次この部屋ですごす。

 Yさんの部屋は2階だった。
階段を上がり右から3番目。さぐるようにうかがった。
と中から音楽が聞こえてきた。
 「堀江です。よろしいかな」
暇をもてあましての園内散策も、すっかり、あきていた。
 「おー、堀江はん。どうぞどうぞ」
彼は美空ひばりの音量をしぼりながらポットの頭を押した。
 「どう、だいぶん慣れたー?お茶、ここに置いとくよ」
ポンポンとテーブルをたたき、手をまさぐりながら湯のみを握らせてくれた。
 「ありがとうございます。ハー、しかし、ここはたいくつですな。
Yさんは毎日どうしてるんですか」
 「やることないよ。入ったからにはでたくても出られんしな〜。
死ぬのを待つだけやで」
確かに我ながら愚問ではあったが、あまりにもはっきり返される答え。
真吾は熱い湯をふうふう吹いていたが、湯のみをもったまま
しばらくは言葉が出なかった。

 彼も70過ぎまで、同じように按摩.マッサージをしていた人である。
 (そういや、うちの客が言ってたな)
 「Yさんのお母さんが亡くなったとたん、奥さん
サッサと出て行ってしまったそうよ。良くつくしているように見えたのにね〜。
しかたなく、老人ホームに入ったらしいわよ」
盲人の世界は狭い。来院する患者さんはこういう話しには目敏く
尾ひれをつけてまたたくまに、真吾の耳にも入れてくれる。
人の不幸は蜜の味、うってつけの話題と化す。
 「それまではお母さんが見張っていたらしいけどね。
男をつくって出て行ったみたいよ」
 (おいおい、見張るって、そんな今の社会で…そんなこと…あるんかいな。
それに年齢も高いのに、彼氏なんてできるんか)
我、関せずで聞き流していたつもりがったがYさんの物言いには、
記憶を思い出させる。
何か不本意な思いを抱えているのかもしれぬなどと妙に気をまわしたくなる。
自分も野次馬の一人だったのかと苦虫をかみながら茶をすすった。

 「あ、まったくですな。そうかもしれませんね。
最近わし、仕事をしなくなって余計に肩がこってきますわ」
仕事をやめて間もない筋肉はまだ仕事をしたがっていた。
時々、持ってきた針をうつことでこりをやわらげていた。
現役スポーツマンが引退してもそれまでやっていた運動を
急にやめられないのと同じ身体なのであろう。
 「なあに、そんなのすぐ慣れるわいな。慣れるしかないで」
またあっさりと言ってのけられた。
どうも、Y氏とは話しが合いそうになかった。
茶の渋みが口の中に広がる。
この部屋にもあまり来れないな、そう思いながら自室へともどった。

 部屋の出口向かい側にはテラスがある。
何人かが集まり話をしたり童謡を歌ったりで楽しそうだ。
いつも同じメンバーの声がするが中に入っていく気もしない。
囲碁を打ったり将棋をしたり、編み物をしたりと
趣味を楽しんでいることも知っていた。まだ、その中には入れなかった。

 その向こうの小道は幅いっぱいに夏草の展開である。
膝元までのびたよもぎ。そのよもぎをなお20cmもぬくイタドリ。
そして昼顔は、よもぎ、イタドリの別なく、くるりくるりとからみついている。
さらにオオバコ、つゆ草、カヤツリグサと足元は懐かしい顔ぶれに満ちていた。
柔らかそうなイタドリを選んで口に入れてみた。
酸味だけが強く、子供の頃に野山を走り回った思い出が浮かんでくる。
哀愁をおびた味覚は涙を誘う。

 ーー もどりたい。尼崎に帰りたいな。
そういえば、以前住んでいた文化住宅は取り壊されて駐車場になっていると
サリナが言っていたんやった。
帰るとこはないんやったな。ーー

 ーーだけど出るとしたら、病院に行くといってタクシーに乗れば
バス停で神戸まで行けるな。そうしたらどうにかなるやろ。
。いや待てよ。バス停を探している間に、地元の人たちに通報されてしまうか。ーー

 ーー待て待て。その前にサリナか富江に電話をするべきか。
この前の面会に来てくれたとき、乗せていってもらったらよかったな。チクショー。ーー
 ーー 「ぜ、絶対に遊びに行くからね…」富江は面会に来るなんて言ってたけど
まだ一度も来ないやないか。仕事が忙しいんやろか。
ま、おあいそに言っただけにすぎないことは、わかっているけどな。ーー

 帰りたくても帰れない現実はよくわかっていた。
それでも、帰りたかった。脱走する自分を想像しては、打ち消す。
悶々と、眠れぬ夜は続いた。


 梅雨もようやく明けたお昼過ぎだった。電話がかかってきた。
 「堀江さん、外線です。中西さんって方からです」
それは富江だとすぐにわかった。ゴクリとつばを飲み込み、切り替わるのを待った。
 「と、富江よ。元気にしてたー。あのね‥‥」
はずむようなかん高い声は頭を貫いた。
それまでの恨みつらみはいっぺんに吹っ飛んだ。
 「うん、うん‥‥、うん。そう、そうか」
誰が周りにいるわけでもないのに、それでも、聞き漏らしたくない
外にもらしてなるものかと強く耳に押し付けていた。
ジワリと涙がにじんできた。
 あまり電話がかかってくるほうではない。
苦しい生活だが外部と遮断されているのがいやで、
月に数百円の電話レンタル料を払っている。
このときほど、安いと思ったことはない。
高揚感にひたりながら、この夜もなかなか寝つけなかった。
耳に残っているであろう受話器の凸凹跡を確かめながら
いつまでも反芻は続いた。

 3週間後、富江と彼女の新しいパートナーのSさん、
サークルの会長夫婦の四人が訪ねて来てくれた。
開口一番、富江は
 「まぁー、やせたんじゃないの。ちゃんと食べてるの」
顔を見るなり、叫ぶように言い肩や腕をさわりまくる。
園での生活を聞かれ、説明するたびにみんなは嘆息をもらした。
 「そう、おかわりはできるけど、ようせんのやね。
あんなに大食漢やったのに‥‥、そりゃ、やせるわけやね〜」
しみじみと言う口調はまるで母親であった。
 「週に一度出向いてくる業者から、おやつや日用品なんか買うことができるの。
だけど何でタンスにお菓子を入れてんの」
話しながら、富江はタンスの引き出しを開けこぼれたお菓子を掃除していた。
洋服はあまりなく、お菓子や薬などがつまっているタンスは物入れと化している。
 「あ、それか。隣りの人が来て水屋に入れてるのを持っていくんや。
おいしいのはそこに隠しているわけよ。
お菓子の種類はあまりないんよ。ま、贅沢はいえんけどな」
富江は、家から持ってきた下着類や石鹸、菓子類をそのタンスに押し込んだ。

 「だけど、堀さん。ええときに入ったで。
Nさんなんか入りたいと申請したら“要支援”だからダメと断られたそうやで。
障害認定区分とやらが邪魔してるみたいやな。
みんな困り果ててるわ」

 四月からの障害者自立支援法改正は障害者をまたもや阻害しているようだった。
真吾はここに入って園の利用料は年金だけでまかなえるようになり、
生活保護は打ち切られていた。
残っている人々は楽しくやっていると思いきや、ますます厳しいようだ。


 「晩酌は缶ビール1本、それも200CC。
日本酒なら1合やで」
会長は驚愕しながら嘆きの声をあげた。
 「そんなんかいな。それで、もう慣れたん? 
おれなんか、あかんわ。酒が飲めなかったら死んだほうがましやな」
待ってましたと声が発せられた。
 「あんた帰ってこんでええから、今日からここにお世話になりー」
 「ヒイー、おかあちゃん助けて。何でも言うこときくさかい」
 「ほんまやね! ほなら、そうやね。
頼むからあんた、今日からここでお世話になってくれる」
 「ヒイー、それだけはご勘弁を」
怒号がとびかい、笑い声に満ちた。
涙を流して笑ったのは久しい。
 「実はな、来月一泊レクをこの近くにしようと思ってな。
今日はその下見がてら来たんや。堀さんも参加するやろ」
そのことは富江の電話で聞いていた。
現実だとわかると、自然と声は大きくなる。
 「もちろんや。行く、行かせてもらいま。みんな来るんやろ」
園の職員とも、園のバスで送迎してもらう話はすでにできていた。

 ここに入ったのは1月半ば。もう、半年がすぎてしまった。
真夏の一日は長い。夕方になってもまだあたりは明るかった。
風はピクリとも動かない。高台にあるとはいえ
海からふく風が陸からの風と入れ替わるこの夕凪の蒸し暑さは
まだまだ夏が続くことを膚で感じさせてくれるのだ。
ひぐらしがカナカナと遠くで鳴いていた。


 納涼大会が行われた。
地域の老人会のメンバーが集まって盆踊りが始まった。
新語もむりやり輪の中に引っ張り込まれ手取り足取りで教えてもらう。
何十年ぶりかの盆踊りである。列がずれると後ろの踊り子が教えてくれる。
 「もうちょっと右、右そうそう。
しかし、なかなかセンスがよろしいな。たいしたもんやで」
小さい頃まだ見えていた頃、盆踊りは好きだった。
この年になってしかも全盲になって踊ることになろうとは思いもしなかった。
 全盲への説明は手取り足取りで口をそえる。
いくら上手に指導してもリズム感の悪い人やセンスのない人は
『たこ踊り』を踊ることになる。
聞いたことのある音頭やふりつけは身体がかってに動いた。
 「明日になったら筋肉痛になるんじゃないかな〜」
 「大丈夫や、年をとったら明日あさってじゃなく
1週間後か10日後ぐらいに痛くなるわな。
そのころには何の痛みか覚えてへんから結局わからんわけよ。ハハハハ」
連れションの彼は真吾が手を洗い終わっても
便器の前で立ったまま、笑いながらしゃべっていた。
 飲食コーナーも設けられ飲んで食べて踊って楽しいひとときだった。
さすがにこの夜は、熟睡することができた。

 特別養護老人ホームは介護保険施設である。
日常生活に常時介護が必要で、自宅では介護が困難な高齢者が入所する。
食事、入浴、排泄などの日常生活の介護や健康管理が受けられる。

 これに比べ、盲老人ホームは、65歳以上のものであって環境上の理由及び
経済的理由により、居宅において養護を受けることが困難な者を
入所させるとなっている。
だから、当然ながら元気な人が多い。
病気になり動けなくなると、別棟の病棟や特養へ移ることになる。
むろん移転する間もなく、死んでしまうケースもある。
そこが空いたら下の階から上へと引っ越す。
やはり、下の階よりは風通しがいいから上の部屋へ移りたがる。
みんながそれを望んでいることがわかった。
小さな世界ではそれは一種のステータスになっているのだろう。
真吾には、天国に一歩ずつ近づいているように思えた。
 園に現在入っている人は47人。夫婦は4組いた。
全てが個室だから夫婦は同室とはならない。
隣同士もあれば、向かいの部屋というのもあった。
しかし2階と3階に別れているペアもいた。
園内の様子がしだいにわかってきた。

 食堂はゆったりとしていた。食事をしながらおしゃべりを楽しむ。
真吾はさっさと食べて自室へ戻るほうだった。
晩酌は週に三日だけと決めていた。
冷蔵庫から缶ビールを持ってきてもらいチビチビとなめるように飲む。
最初のうちは一気に飲み干していたが、近頃では味わうように飲むようになった。
 「そろそろ、ビールがなくなりますよ。買い置きしておいてくださいね」
寮母さんに言われて気付く。自分で管理はしていないのでいたしかたない。
今度、業者がやってきたらビールを買うのを、忘れないようにしなくっちゃ。

 山上猛さんとは晩酌を楽しんでいる時に話しをするようになった。
彼は真吾よりも3年早く入っていた。赤穂の出身で魚の味にはうるさい人である。
 「堀江はん、結婚はせんかったんかいな」
空になった缶がコツンとなる。
 「ハ、まったく縁がなかったですわ。
おそらく顔もあまりいいほうじゃないから、無理やったんでしょうな」
少量のビールでも、最近は酔うようになってきた。声はおどけていた。
 「そうか、わしゃ見えんから顔のことはわからんけどな。人間、顔やない。
顔やったらわしのほうが負けてないはずやで」
 「そ、そんなにひどいんでっか。そりゃお気の毒ですな」
 「言うてくれるやないか、ガハハハ」
それからは親しく話しをするようになった。

 窓を開けるとクマゼミの大合唱がとび込んできた。
今を盛りに泣き叫んでいるがシャーシャーと鳴く声はかなりうるさい。
かと言って、窓を閉めると厚い。
 「じゃっかましいー」
大声で言ってみたとて詮無いこととあきらめるしかない。


 「へえ〜、山さんも抜け出そうとしたことあるんですか」
思わぬ告白だった。やはり考えることは同じである。
 「ああ。用意周到に準備をしてな。パピヨンみたいに完璧やったんやで。
あんときは、わしはスティーブ・マックイーンやったんやがな」
心なしか彼の声は、落ち着いた低い物言いになっていた。
 「中耳炎をこじらせて痛くてたまらないんです。病院へ行かせてください」
 「あさってになればお医者さんが来ますよ。それまで辛抱はできませんか。
綿棒でそっとふいたら痛みはとれませんか」
医者がやってくるのは知っていた。何とか口実を作って、認めさせる。
 「では、空いている職員を探しますので少し待ってください」
 「いえ、一人で行けますのでご心配なく」
考えてみたら、この時点で策略はばれていた。
自分ではばれないように、こじんまりと荷物を抱えているつもりだった。
それがばれないわけはない。山さんは知る由もない。
養老院に入った人が一度はかかる“はしか”に職員は、
いやおうなしにつき合わされるのだ。
まったく、余計な世話をかけるものである。
この頃には真吾は抜け出すことは完全にあきらめていた。

 バス停には誰もいなかった。キップをどうして買えばいいのかわからない。
やがて、やって来たバスの運転手をつかまえた。
 「このバス、三ノ宮へ行きますか?」
 「ああ、行きますよ。お一人ですか?」
山上氏は冷静さを保ちながらキップを買った。
いざ、乗り込んで時間になっても出発しない。おかしいな〜と考えていると
 「山上さん。えらい遠いとこまで行きはるんですな。どこの病院ですか。
そこまで行く許可は出てませんので、帰りましょう」
あえなく御用となった。事務長ののぶとい声は淡々として有無を言わせない。

 「運転手が携帯で連絡してたんやろな。
こっちは見えへんからいらいらして待ってたちゅうのに。
すぐにわかったんやろね。だ、“脱獄者”だってことがな」
真吾の顔にツバがとんできた。興奮は当分おさまりそうにない。
 映画やテレビでの脱獄や脱走シーンは、かっこいいものだ。
髪が薄くなり白髪頭のおじさんが白杖一本でうろうろする。
とんだスティーブ・マックイーンである。
いかにも間抜けで哀愁に満ちた脱走者を通報せざるをえない
集落の人々の気持ちははかりしれない。

 「ほんで、向こうには泊まるとこは確保しとったんですか」
一番気になることを聞いてみた。
 「いや、どうにかなるやろ思てな」
 「それは、用意周到とは言わんのとちゃいますか。どこがパピヨンですか」
 「あんとき、事務長はわしの腕をグイグイつかんで引っ張ったんや。
おかげで二の腕の内側が内出血してな、それが蝶の形をしとったんやで」
 「へ〜、なるほど。確かにパピヨンですわな。
ふ〜ん、胸に蝶の刺青ではなくて二の腕に刺青ね〜。
 ところで、その刺青は山さんは見えたんでっか?」
 「アホー、見えるわけないやろ。め○らやで、わしゃー」
一段と大きなツバキがとんできた。
 (ほなら、それ蝶じゃなくて、蛾やったんとちゃうんですか)
手でぬぐいながら、出かかった言葉をのみこんだ。
 「脱獄するには相棒がいる。今度は一緒にやるか」
 (その気もないのに、性懲りもなくまったく‥もう)
そんなほとを言えるわけもない。
 「なら、私がダスティン・ホフマンですな。よろしいな。ハハハハ」

 山さんは洋画ファンだった。近頃はテレビの洋画が少なくなったとぼやいている。
動きの激しいアクションは聞き取るにはつらいが、胸が躍るらしい。
カンフー映画も見る。真吾はカンフー映画には興味はなかった。
 「情景を嫁はんが説明してくれてな。よく見たもんや」
今では山さんは一人である。
奥さんはどうしたのですかとは、さすがに聞けなかった。


 「視覚障害者は“ボケ”にくいって知ってるか。聞いたことあるか?」
聞くのはまったく初めてだった。
 「え、そうなんですか。それはまた、どうして」
 「昔から手指を使う人はボケにくいと言うわな。
点字を読むのも針やあんまをするのも好都合なわけよ。
それに、たとえば電話番号やお客様の名前や特徴などを覚えなかったら
仕事にならん。それはボケにくい環境を作っているちゅうことやわな。
テレビやラジオを聞いていても、健常者と違って想像力を高めて聞くしな」
なるほど、一理あると真吾は思う。希望的推論にも思える。
正論であればいいがと思いながら疑念は残る。反論できる証拠もない。
 「山さんの博学には脱帽ですわ」
感嘆の声を上げて大きくうなずいてみせた。


 真吾が待っていた旅行は南淡路市の慶野松原だった。
播磨灘に面する美しい砂浜で、松林が数万本約2kmにわたって続いている。
向こうには海が広がっていた。
ホテルのロビーでは、くつろいでいる仲間たちが次々と声をかけてくれる。
 「お、久しぶりやな。元気にしとったか。今日は多いに飲もうぜ」
散歩に行っている者、お風呂に入っている者。宴会までの時間をそれぞれにすでに楽しんでいる。
残暑はまだまだ厳しかったが、夕方の海岸近くは少し涼しい。。
さっそく、海沿いの「プロポーズ街道」を富江と散歩に出た。
車で30分ほどしか園とは離れていないが、まったくの別世界である。
ひとっ風呂浴びてから、宴会が始まるまでの時間を利用して各部屋を尋ね、
あいさつをして回った。真吾の入った園の話しを聞きたがる仲間が多い。
食事や日常生活のようすは? お風呂は週に何回? お酒やタバコはのめるんか? 
病気になったら、どうするの? こと細かく聞かれるとさすがに辟易である。
 「堀さんが寂しいやろうから励ましに行こうって皆言っていたけど、
これじゃあべこべだわね」
富江は横で笑っていた。
ご馳走に舌鼓を打ち、カラオケへとくりだし夜中の3時ごろまで連れまわされた。
二日酔いはさけられそうになかった。風呂にも3度入った。
朝飯もそこそこに、9時には迎えにやってきた園のバスであわただしく帰る。
この日は、食事もろくにとることができなかった。

 高台にある園は木々に囲まれているが、それでも9月に入っても残暑は厳しい。
木立の陰は多少は涼しいが虫も多い。夏場はみんな散歩を嫌った。
 「う、こむら返りや。イテテテ」
しゃべっていた山さんが突然悲鳴をもらした。
座っていると辛いらしく、立ち上がって足踏みをしている。
 「おい、堀やん。見てないでどうにかしてくれや」
と言われても真吾には手のほどこしようがない。
(見えないから、聞いてるんやけどな〜)
と、つっこみたかったが何か言うことを考える。
 「ア、え〜と。痛いの痛いの、とんで行けー」
怒鳴り声は笑い声と化し、ますます大きくなった。
一人で怒って笑ってにぎやかなことである。
ようやく、おさまったらしい彼が大きくため息をついた。
 「ここんとこ、頻繁や。めまいもしよるんや」
こう暑くては散歩にも出ることができない。
なるべく涼しい部屋で一日を送っている。汗をかくのも嫌だし
じっとしているのが年寄は好きである。
 「山さん。水分補給はまめにやってる? 
汗をかいてないようでも意外と出てるもんやで。熱中症には気イつけんとな」
 「ああ、お互いにな」
それが、山さんの最後の言葉だった。


 ペタペタ、ガヤガヤ、ガラガラとスリッパや物音人声が廊下から聞こえてくる。
明らかに数人の足音である。エレベーターも開閉しているようだ。
 (なにごとだろう、そうぞうしいな)
行き交う人々にぶつからないように廊下へ出た。
 「何かあったんですか。あの〜、何か…あった…ですか」
止まってくれる人はいない。やがてガラガラガラと音がした。
どうやらベッドの音だ。
 「あら、堀江さん、どうしたの。危ないわよ」
婦長の声だった。
 「山上さんがね、熱があったらしいけど、さっき痙攣していたものだから。
医務室へ運ぶとこなのよ」
身体がだるい、立ち上がるとふらふらする。この2.3日山上さんは寝てばかりいた。
その夜、山上さんが亡くなったことを聞かされた。

 職員が発見したときには熱は39度以上もあり意識はなかった。
体内では肝臓・腎臓などの臓器障害と血液凝固系の障害も合併していた。
以前から持っていた糖尿病も悪化要因だった。
臓器障害は、高熱と脱水に伴う循環障害の両者によって引き起こされる。
循環障害は発汗不全を生じ、これが熱を悪化させて臓器障害をさらに悪化させる。

衣服を脱いで身体の表面に水やアルコールを霧状に吹きかけて扇風機で送風する。
鼠径部や頸部、腋窩を氷嚢で冷却する。
最後は胃・膀胱を冷却した生理食塩水で灌流する深部冷却法も併用する。
そんな救急処置をする場面が、まざまざと頭をよぎった。
看護師の話しをききながら、自分がもっと適切にアドバイスしていたら、
今頃はなどと考えると真吾はいたたまれなかった。
この半年、山さんとは打ち解けて話ができていた。
 「まいど」
ドアを開けて、今にも山さんが入ってくるのではないかと思われる。
ポカリとあいた穴は、しばらくは埋まりそうになかった。
山さんの息子が遺体を引き取り、争議は姫路で行われたらしい。


 11月になって真吾は2階の部屋へ引っ越した。
Zさんが以前住んでいた部屋である。
 (これで天国へ一歩近づいたことになるんか)
Zさんのことはあまり知らなかった。
どういう経緯で亡くなったのかさえわからない。
だが、南向きの窓からの日差しは柔らかく暖かい。
まんざら、悪くはない部屋である。まわりの木々は紅葉し、葉が落ち始めているのもある。窓を開けると新鮮な空気がうまい。

 それに最近は隣りの昭代という女がよく話しかけてきてくれた。
いかにも生真面目な性格で年はいっしょぐらいである。
彼女は少し見えていた。

 話すようになったキッカケはある雨の日。
廊下を歩いていると誰かが呼んでいるような声が聞こえてきた。
日中は中の様子がわかるようにドアは開けっ放しにするのがホームの慣わしである。
耳をすますと、それは隣の部屋だった。
 (はて、たしかここは女性の部屋…。わしのことかな〜)
どうしたものか考えていると中から声がした。
 「すみません。背中をさすってもらえませんか」
それが自分にかけられた声だとわかり部屋へ入った。
左の背中が痛むらしい。真吾は後ろへ回って背中をさすった。
やせた背中は骨がむきだしている。
肋骨にかろうじてへばりついている肉をさぐってみた。
肩甲骨の外下縁にしこりがあった。
左手で彼女の左肩をもち、右手四指でしこりをもんでみた。
 「あ、痛い」
彼女はちいさく声をもらしたがじっとしていた。
今度は左手で右手をもたせ肩甲間部を開かせた。
真吾はなおもゆっくりともみほぐした。
 「あ〜、助かった。息をするのも辛かったのよ。ありがとうございます。
楽になりましたわ」
大きくため息をつきながら昭代は礼を言った。
脈をさわって新造が丈夫でないことがわかるが、口には出せない。

 それからは、真吾の周りで何かと世話をやいてくれるようになった。
食事のときも隣りに座り、お茶を入れたり「おかわりは、
もういいの」などと声をかけてくれた。
自分が食べられないものを真吾の皿にそっと移す。
おかげで、近頃は少し肥えてきたような気がする。
今は親切にしてくれるが、そのうちにうとんじられるのではないかと
内心ビクビクしている真吾だった。


  二日に一度の風呂はゆっくりとは入れない。
しかし、風呂好きの真吾にとってはいこいのひと時である。
 「堀さん、よかったな。彼女ができたんだってな」
湯につかっているとWさんが意味ありげにささやいた。
 「え、いや、彼女って。そんなんじゃないですよ」
あわてて否定する。彼女なんてそんなこと考えたこともない。
ましてやこの年である。
 「何言うとんねん。あのこは男好きなんやで。ええやんか、可愛がったり」
一瞬、真吾はあきれながらもムッとした。冗談にもほどがある。
反論すべきことを逡巡しているとWさんは続けた。
 「そのな、若い者みたいに色事じゃなくて、男の世話をするのが好きなんやで。
旦那に5年前に死なれてからは人とあまりしゃべらんかったんや。
それが、堀さんがいっぺんに気に入ったみたいや。元気になってなによりやで。
仲良くしてやってや」
 そう言われてハッとした。
そうだったのか。いや、そうなのかもしれない。
目ざとく見つけては真吾に近づいてくる。
散歩に行くときも腕を組むので胸のふくらみが何度も触れる。
それでも真吾は、ときめくことはなかった。
この年になると性欲はなえ、それはしごく当たり前のことである。
だが、彼女は身体が触れ合うことが好きなのだ。
 (老い木に花とはならないが、老いさらばえて老いの春を楽しむのも悪くはない。
老いらくの恋と言われてもいいじゃないか、ナハハハハ)
真吾は一人でシャレながら、そして開き直った。
昭代がいつも見つけてくれていたが、それからは真吾のほうからも
積極的に昭代に近づいた。

 いつも二人で話し、散歩に出かける。みなとしゃべるときも
昭代は真吾のそばにいた。すると職員たちも
 「あら、いいわね。いつも仲良しでうらやましいわ。
他の人たちも二人を見習ったらいいのにね」
それは冷やかしではなく、あきらかに称賛の声だった。
 富江が久しぶりに電話をかけてきた。
 「まアー、彼女ができたの。それはよかった」
 「いや、できたみたいやと言うだけで、あの…その…」
富江はうれしそうな声を出した。そして言った。
 「これで安心したわ。もう大丈夫ね。堀さん、やったじゃない」
はしゃぎながら喜んでいる。富みえはこれで電話をあまりしてこなくなるだろう。
悲哀に似た感情が頭をかすめた。
やがて、落葉とともに冬が到来する。それは決して寒くはないはずだ。
彼女の声はしだいに遠く響いていった。
           (了)



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