8月盛夏のお昼過ぎ、仕事の合間に電話がかかってきた。
(ん、お客かな)
そう思い受話器をとってみた。
「元気か、△△だけど、今大阪に居る。会えないか」
小学校、中学校時代の同級生からであった。
私の出た小学校の卒業生は10人だった。
いまだに過疎は進み、残っているものは少ない。
彼は横浜に住んでいた。
「いいよ。6時ごろには仕事が終わるからこっちへおいでよ」
「もう、盆休みに入ってるんか」
「ああ、今日から1週間ほどな」
懐かしい話しをした後、大阪へは何の用事だと尋ねた。
「姉が高槻に住んでいるんだ。
姉はパーキンソン病で結婚もしてないから
最近は年に1.2回ぐらい来て、身の回りの世話をしている。
彼は、父親そっくりに頭は薄くなっていた。
特定疾患:パーキンソン病、軽症は補助対象外 厚労省、10月にも決定
特定疾患:補助縮小、見直しを 患者団体、厚労省に文書提出
特定疾患からなぜはずすのか
「そうか。ひどいもんだな。姉は持ち家だから最後はそれを処分して
養老院へ入ると言ってるよ」
ためいきまじりに彼は言った。
「最近は身体を動かすのもつらいから、イスにすわって
テレビを見るだけ、ますますやせ細っているよ」
「うちにくるパーキンソン病の人はまだ軽症な人が多いが
それでもほとんどが、やっぱりやせてるな。もっと
社会に出る機会があればいいんだが。栄養管理も
大事だろうね」
パーキンソン病はいま
「定年まで10年をきったけど。老後はどうすごすか考えているが
病気をしない保障はないし、姉を見ていると
色々考えさせられるな」
私は体が続くかぎり働くつもりでいるが、定年制の
ある会社員はいやおうなしに考えざるをえないのであった。
老後のことを考える年齢になり、生きていくのがつらい世の中だけは
ごめんだな〜と、二人は飲みながら話しはつきなかった。
(06年8月)
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