潮時


 あと3年で定年を迎える麻生里美は、ここから300mほど離れた
隣の小学校で新任教師時代を勤めていた。
30年たって4校目が今の学校である。
定年までの最後の教師生活をここでおくることになった。
 下校は広済寺を通り近松公園の信号を渡って市バスに乗る。
JRの駅まで行く。
バス停で待っていると後ろの方から親子連れがやってくるのがわかった。
こちらをうかがうように見ている。年のころは30前後だろうか。
 (ン、何だろう)
視線を意識しながらふり返った。
 「あの、麻生先生じゃありませんか」
言われて里美はシゲシゲと彼女を見つめた。赤い髪に大きなピアス。
少し派手な化粧。
短いスカートからは細い足がのぞいていた。
その瞬間、一気にタイムスリップした。恥ずかしそうにはにかむ女の子が重なった。
 「あ、もしかすると安部さん。名残があるわね」
里美の手を握り、うれしそうにはしゃぐ。ピアスがカシャカシャとなった。
横には女の子がキョトンと立っている。髪が赤くお人形さんのようだ。
彼女にどこか似ていた。
 「ま、可愛い〜わね。安部さんは結婚してこのあたりに住んでいるの。
あ、もう安部さんじゃないわね」
 「そうなんです。今は福田です。上の子は今年入学しました。
まだ三つになる男の子もいるんですよ」
とても三児の母には見えなかった。外見とは似つかぬ丁寧なしゃべり方だった。

 この学校に赴任して4年。教え子にはもう20人を超えて会うことができた。
独身の子もいるが、たいていは結婚し立派なお父さんやお母さんになっていた。
がこの年代の若い親のファッションセンスは里美には理解できないものがある。
 しかし、それまでは記憶してなくても、教え子の顔を見ると思い出せる。
教師とは不可思議な動物だと、我ながらいつも思う。
親子二代にわたり教える、いかに教師生活が長いかを物語っていた。

 この地域は都心に近いのでマンションや戸建て住宅が林立していた。
30年前には1校だったのが3校に増えて、各学年が5クラスあったとは信じられない。
 A市の中央やや北側のこの地域は東西線の開通により、
人口が増えるものと推測された。
実際は開発はさほど進まず人口も期待されるほどは増えなかった。
最盛期には55万人いたこの市も46万人をわずかに超えるだけとなっている。

 2週間前までの暑さが全くうそのように風もなく爽快な秋空のもと、
運動会は無事に終わった。
小学校の運動会は以前は、10月に入ってから行われるのが常だった。
いつしか、9月末に行われるようになった。
2学期は発表会や日曜参観などの行事が多く
週五日制などの関係から、早くやるようになったと里美は記憶している。
就学時前健康診断も2学期の大事な行事の一つである。

 子供の手をひきながら不安そうに親子連れが校門を入ってきた。
慣れた足取りでくぐる親子もいる。
何人かの子供は校門の横にある池を見つけて金魚に夢中になっている。
体育館の入り口で受付に立っていた里美は、
まだ幼顔のそんな子供たちに目をやった。
 「はい、おはようございます。元気があるね!‥‥ 
入ったら係りの上級生が待っていますので指示に従ってくださいね」
新米の母親は難い表情で入っていった。背中はいかにも不安そうだ。
 「あら、先生。いつまでもお若い。ちっとも年をとらないわね」
見ると顔見知りの教え子。子供がまたもや学校へ入ってくるのだ。
お兄ちゃんが3年生にいるので彼女はもう慣れたものだ。
 「またまた、口がお上手なんだから。
福田さんは確かもう一人いるんだったわね。大変ね」
 年々、子供の数は減ってきていた。今年は52人。
どうにか二クラスが確保できる。

 来年入ってくる予定の新入生の就学字前検診は、5年.6年生の協力で行われる。
さすがに高学年ともなるとしっかりしてくる。
新入生と6年生を比べると同じ小学生には見えないほどだ。
秋風がさわやかに吹き、神無月の空にはいわし雲、
これ以上の青はないだろうとおもわれる。
 体育館は父兄や子供.教師たちが集まり熱気に満ちていた。
窓や入り口付近は開けっ放しになっている。
パーテーションで区切られたコーナーでは、視力検査.聴力検査や
歯科検診がすでに始まっていた。

 里美は内科検診の担当である。
内科検診はいつも最後。
新宮医師が座って貧乏ゆすりをしていた。
 「新宮先生、どうぞよろしくお願いします」
 「お、麻生ハン、元気にしとったか。あのな、
わし今日は腹の調子が悪くてな。学校に来てから2回も便所へ行ったわ」
今年85歳になるこの医師は校医歴40数年。
近くで開業しているのだが足腰が弱り、
今では200mほどをタクシーでやって来る。
聴力が衰えそのぶん声が大きい。
新任時代に面識があり、里美が赴任して再会したのであった。
大声で説明をしなくてはならないのでペアを組む教師がいなかった。
 「麻生先生、今年も新宮先生のおもりをお願いしますね」
保健室の小沢先生はさも当然のように言うのであった。
 里美を見て昔話しができるので新宮も里美を気に入っていた。
 (誰もそんなこと聞いてませんよ。先生、無理してまで来なくてもよくてよ)
口に出すのは逆。心にもない言葉が出る。
 「大丈夫ですか、無理はなさらないでくださいね」
 「あのな、O大卒の医者で元気に開業してるのはわしだけになった。
みんな同窓生は、死んでしもうたわ、ハハハハ」
こっちの言うことはまったく聞く耳を持たない。
 「そ、そうですか。それはよかったですね。いや、何と言おうか‥」
 「……エー、何て」
 「元気でよかったですね」
結局は聞こえていなかった。大声を張り上げなければならない。
(あ〜、もう疲れる。元気なのは口だけなんだから。
去年も聞いた話しよね。〜、まったくもう)

 各検査会場をまわって、高学年の子が新入学児を引率している。
やがて内科検診コーナーへもやって来る。
6人ずつのグループがまず並ぶ。
子供の首に下げられた番号札を見ながら里美は名簿と照らし合わせた。
新宮医師は聴診器でお腹や背中をさぐる。
 (はたして、本当に聞こえているのかしら、この人?)
いぶかる里美をよそに、口をのぞき目をアカンペエさせて、
 「アトピーがちょっとあるけど、うん、元気や。何もなし」
 次々と検診は進んでいった。
 「あんな〜、わしの孫娘、駅で声をかけられてな」
二グループが終わり、少しの合間にまた里美に話しかけてきた。
 「‥‥‥」
 「聞いてるんか、え。ほんでそれ、何やったと思う」
里美は返事をしなかった。
 (知りません、そんなこと知りたくもありません)
 「あんな、アダルトビデオに出えへんかっちゅうことやったらしいわ。
うちの子、可愛いからな〜」
 (まったく、小学生のいる前で話すことではないでしょうー)
ため息が出た。

 すぐに次のグループがやって来た。
 「この子はシーハン症候群で入退院を繰り返してまして…」
青白い顔をした子供を連れた母親が小さな声で話し出した。
 「エー、何て。シ、シーハン。何やそれ」
大声で聞かれた母親は説明できるわけもない。顔は真っ赤になっていた。
 「なんか、あのう、脳下垂体とかの病気だそうで、……」
それでも、しどろもどろに話すが横で待っている父兄や子供には丸聞こえだ。
 (これじゃ、個人情報も何もあったもんじゃないわね)

 「ええと、夕輝くんか、ええ名前やな。だけど、ちょっと肥えすぎやな。
やせんとあかんで。女の子にももてへんで、このままではなー」
男の子の頭をなでながら話しかけるが同じように太った母親は、
耳まで真っ赤になっていた。
 (そんなこと、言うてやらんでもいいのに、ほっといてんか)

 「あんな〜、昔このあたりにはヤクザがおってな。
若い衆が指をおとしたというてはよく来たもんや。あん時は、よう儲かったんやで」
 「ハイハイ、もう少しで終わります。集中してください。しゅう ちゅう」
聴診器を子供の背中にあてながら言う新宮医師に、
里美の言葉にはとうとう怒気がこもってしまった。
 ようやく全員の検診が終了した。
新宮先生の前にコーヒーが出てきた。
 「ああ、疲れた。お、あんた新任の先生かね。若いの〜。ところで、あんなー…」
今年入った小泉純子はペコリと頭を下げた。
近づいてきた看護師に目配せして里見は席を離れた。
新宮の大声が後ろで聞こえた。

 面談が行われている教室へと急ぐ。
すると横で、ブルルルーとけたたましい音がした。
赤いポルシェが裏門から出て行くところだった。
30代後半の歯科医の車だ。
学校までポルシェで来るものもいるし、
数百メートルをタクシーでどうにかやってくる医師もいる。

 「新宮先生ですが、そろそろ引退してもらってもいいんじゃないでしょうか。
子供のことを考えるとあれじゃねえ〜…」
 昨年の職員会議で問題提起をしたが、校長も教頭も苦笑いするだけで
反応はいっさいなかった。
同僚たちも大きくうなずいて笑っていたが、積極的な意見は出なかった。
 日ごろ、教師たちにとやかくうるさい教育委員会も
医師会には文句は言えないのだ。
強いものには弱く、弱いものには強い。
 (今年も、新宮先生のこと言うべきかしらね。老兵は去るのみなんだから…)
面談の行われている教室に入ると、子供たちは落ち着きなく立ち歩いていた。
           (了)



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