市場で買い物

 最終日、洋二と陳は市場で買い物をすることにした。
陳が中華料理に使う食材を買うためである。
タライのような容器には亀が何匹も。別のタライには蛙や
ザリガニも売られている。
鶏は生きたままだ。客がやってくる。

店主は鶏の首を切り落とした。それをさかさまにツボの中に入れる。
鶏ははじめバタバタ勢い杙動いていたが、やがて動きは止まる。
まだ血が滴るのではないかと思われる鶏を、客は手にぶら下げて持って帰る。

 「びっくりしたやろ。あれ家出さばくんやで」
じっと見ている洋二に、愉快そうに陳は言う。

 市場は、さまざまな食材と人であふれている。
肉のコーナーには、生の肉が並んでいる。
冷蔵庫などはなくブロックごとに
切り分けられた肉が、置かれているだけだ。
活気ある人々の話し声の中で
陳は豚肉を10kg買った。それは、500円ぐらいだった。
 「日本の肉は冷凍が多いが、ここのは生やからうまいぜ。
帰ったらごちそうしたるからな」
それはいいが、持って帰るのに大丈夫かな。そっちのほうが心配だった。
干し物を何種類か、他にも見たことの無いものを買いいれ、陳は満足していた。

 ホテルに帰る途中、リヤカーで鐘をならしながら
牛乳を売る男とすれちがった。
飲もうと、声をかけると、
 「もう売り切れた。ないよ」
 「じゃあ、何で鐘をならすのさ」
彼は笑っただけで、行ってしまった。

 道沿いのお店では朝食を出している。
湯気がたちおいしそうに食べる人々は活気にあふれている。
 上海の郊外にあたる百色路は、見るところといえば
上海植物園ぐらいしか<なさそうであった。
しかし、ここに暮らす人々の精気あふれる生活を目にして、
洋二は中国がますます好きになった。

 大都会上海の3泊4日の短い旅行は、さまざまなことを洋二に教えてくれた。
日本に比べれば歩道は凸凹がめだち、大きな道路でも横断歩道は
ほとんどない。大きな交差点まで行かなくては、信号もなかった。
バスを降りる客は、バスの前であろうと後ろであろうと平気で横切る。
あれで事故にならないのが不思議なくらいだ。

 「先生、いいですか。行きますよ」
洋二も陳の号令に従って何度も横断した。
視覚障害者一人ではわたれない道ばかりである。
増え続ける車には、手のうちようがないのかも。

 繁華街の商店は入り口には必ず段がある。
食堂もそうだし漢方薬店でも、段差はあった。
洋二にはその段差は、自己の主張を堅持する、中国人の
防衛反応だと思われた。
 それがある限り、バリアフリーなんて概念は浸透しそうにない。

 視覚障害者にはけっして住みやすい町ではない。
そういえば、車椅子で外へ出る人を見る機会はなかった。
今度来るときは、白杖を持ってきて闊歩して人々と接しようと、
洋二は思った。
            (完)
    
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