侵蝕(下)





    (5)豪雨

    1

 敬老の日、毎年近くの福祉センターでは
“敬老祝賀会”が開かれていた。
玉枝はしだし弁当とおしゃべりを楽しみにし、
カラオケでは先頭になって歌って踊った。

 今年も、今子にいつものように誘われたが
その気にはなれなかった。
逆に15日だった敬老の日がハッピー万デーとかで
毎年日にちが変わることが気にくわなかった。

 午後からは大雨になった。
予報では雨のふる確率は低かったはずだ。
ここ数年の異常気象で、ヒートアイランド現象による
集中豪雨には皆、いつしか慣れっこになっていた。

 雨はかなりの大粒で、バケツどころか
たらいをひっくりかえしたように降っている。

もうやむかと思っていたが、雨脚は弱まりそうにない。
かれこれ1時間は降っている。
さすがに玉枝は怖くなってきた。


    2

 玄関のほうで何やら物音がする。
恐る恐る玄関へ近づいてみた。
カバンや手提げが放り出され、ドアは開けっ放しになっている。

 水は玄関の中まで入ってきていた。
何がおきたか、理解するのに数瞬を要した。

 玉枝ははじかれるように背筋を伸ばした。
パジャマのすそをまくりあげ、裸足で玄関口へ出た。

 梅子が庭ぼうきで側溝に水をかき込んでいた。
 「あ、おばあちゃん。」
梅子の長い髪の毛は、額からほほにベッタリとくっついている。
最近、つけ始めた口紅もはげていた。

 さほど広くない道路は田植え前の苗代のように
水で覆われていた。ペットボトルやナイロン袋も浮いている。
道路のほうが少し高く、玉枝の
家をめがけて水は注がれている。

 側溝はすでに満杯で、水を吐き出す猶予などはなさそうだった。
それでも梅子は必死で側溝めがけてほーきで
水をながし続けている。

 無駄であることはわかっていても、
その作業は続けられていた。

    3

 玉枝は物置へ走った。昨年のリホームの際
あまった板を譲り受けていたことを思い出したのだ。

2メートルほどの板を見つけると
門柱に横に置き、左右を植木鉢で固定した。
 玉枝はバケツで道路側に水をかき始めた。
見ていた梅子も従う。

    4

 海抜0mの阪神間は、かってはよく水につかった。
以前あった川は地中へ移動し、治水工事が
進むにつれて“昔はよく浸水したものだ”という
昔話しだけが残っていた。

 ところが、1時間か2時間で降る豪雨には
いくら近代化された排水設備も歯がたたない時がある。
特に低い土地は、近代化の恩恵を受けることは
できない。


 玉枝と梅子が死にものぐるいで水を
排出していると、雨は小降りになってきた。
同時に道路の水かさが減ってきたのがわかった。

 「水が減ってきてるよ、おばあちゃん」
 「…」
玉枝は何も答えず、門柱の板をはずして
道路側に水をかき続けている。

 すると玄関まできていた水が引き始めた。
どうにか床上浸水は免れたことがわかり、
二人はほっと胸をなでおろした。


    (6)復調

    1

 小磯は会社から、あわただしく帰ってきた。
 「○○町のほうが、浸水したようです。向こうに住んでいる人は
帰ってください」
そう言う上司にあいさつもそそくさに出てきたのだった。

 庭も玄関も水浸しであったが、浸水はしていない。
ほっとしながら今へ入ると、玉枝と梅子が
コーヒーを飲んでいた。
二人とも風呂あがりだった。

 玉枝の目を見て小磯は歓喜と驚嘆の声をあげて
抱きついた。

 「おかあさん、なおったんやね」
 「え、何がなおったん?」
かまわず、小磯は玉枝を抱きしめた。

 一目見て小磯は確信したのだ。
昨日までの生気の無いどんよりとした目ではない。
どことなく、やつれていた玉枝が、今眼前では
以前のように輝く目をしているのだった。

 だが、抱きしめた身体は細く、今にも
こわれそうである。
髪の白髪も目立っていた。


    2

 小磯に抱きつかれて玉枝は、我に帰った気がした。
さきほどまでの騒ぎに自分が“とじこもり老人”に
なっていたことを思い出した。

 あの、うっとおしくて無性に腹立たしさだけがこみ上げてきていた
昨日までの自分が今はいなかった。
そこまで考えて玉枝は、めまいを覚えた。
 フラッとした玉枝を抱きなおして
小磯は大声で言う。

 「お、お母さん、大丈夫」
 「腹が…減ったみたい」
小磯は泣き笑いしながら台所へ立った。

    3

 この1ヶ月、小磯は
 (お母さんはこのまま寝込むのではないか。最後はやはり
ぼけてしまうのかな)
とばかり考えていた。
 (いや、あのお母さんに限って)
と打ち消すが、現実を見ていると
避けることはできないと覚悟していた。

 まだ、自転車には自由に乗れないが
少しずつ外出するようになったし、
近くの市場へも出かけている。

 友達とも遊びに行くようになっている。
なによりも、うれしいことは“いやみ”のひとつも
言うようになったことであった。


    4

 元の身体にもどった玉枝には、誰にも言えない事があった。
みんなは玉枝が元の玉枝に完全にもどっていると思っているが
以前の自分でないことは、玉枝にはわかっていた。

 動きは緩慢になっているし、記憶力も思考力も著しく劣ってきている。
努力をしても、それは無駄であることが悟られた。

自分でもわかるのだから、相当のはずだ。
歳を取るということがどういうことなのか、
わかったような気がした。

 これからも何かにつけて怪我をし、病気をして
そのたびに何かが欠落していくように歳を取るのだろう、
玉枝は時々、そう思うようになっていた。




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