洋二の点字の読みは、なかなか上達しない。
スピードがまるでアップしない。
もうやめようと、何回も考えていた。
かっては、1ページを読むのに5分も6分もかかっていたが、
それが3分ぐらいには短縮した。
それからは、まったくスピードはあがらない。
(37歳で点字を覚えるのはやはり無理なのかなー。センスが無いのかも)
何度も何度もそんなことばかり、考えた。
いつもスクールバスの中で点字を読んでいたが
さすがに疲れてボーッと窓の外を眺めていた。
視野に淀川の堤防が入ってくる。
(1 2 3 4 5、1 2、5、2 3 4 6、3 6)
頭の中に数字がうかぶ。
意識は何もしていない。
それは、“堤防”を点字に置き換えたものだった。
点字には漢字もひらがなもない。
数字は数符に“アイウルラエレリオロ”を組み合わせる。
英語は英符に“アイウルラエレリオロ”をつける。
最初のうちは指で数えながら読んだ。
自然にそれはできるようにまでなっていた。
さいころの目、6点が即座に頭にうかぶ。
見るもの聞くものすべてが点字に置き換えられ頭にうかんでくる。
洋二は点字に置き換えようと意識しているわけではなかったが
自然に頭の中はそうなるのだった。
それは苦痛でもなかったし、うっとうしいことでもなかったのは
ありがたいことだ。
2学期からは点字で試験を受ける。
期末試験の生理学を受けているときだった。
すべての回答を書き終え、再確認をすます。
「先生、出してもいいですか」
洋二は山下に向かって言った。
「えー、もう終わったの。ほんま?」
驚く山下に洋二は解答用紙を渡して喫煙所へ行った。
たばこを2本すっても、誰もでてこない。
ようやく終了のベルがなった。
「川村はん、早いな。全部できたんか」
安本がよってきて、たばこに火をつける。
「一応ね…あっているかどうかは、わかりませんがね」
それからは終了時間を待たずに提出するようになった。
前回の試験までは時間いっぱい使っても足りなかったのに。
考えてみると、かなり要領をかましていることに気づく。
“エリスロポイエチン”は、エリを読んだら指は自然に
とばして読む。これはかなり危険でもある。
思い込みで解釈して、とんでもない結果をうむことになる。
だから、試験の点数は上がらないまま。
無精な洋二の性格そのものは、どうしようもない。
何はともあれ、洋二は点字の読みは遅いものの
解釈が確実にできて、ゆとりができてきた。
「おかしいな、そんなに早いとは思えんけどな」
山下は洋二に教科書を読ませてから首をひねる。
確かに洋二が指定された部を読むと、つっかえてスムーズとは
言えない。いらいらする周りの雰囲気がわかる。
「だけど、試験を読むのは早いのだからええんじゃないの」
安西の言葉に洋二も苦笑いしながら首をすくめる。
ある日突然、読める自信が。
それはバスの中でも家で晩酌をするときも、テレビを見ながらも、
触っていた賜だろう。
今まで読めなかった小説を借りまくって読む楽しみが
できた。
点字が新しい世界をもたらせてくれ
なくてはならない存在になっていた。
※参考 【漢点字】
厳密には点字にも漢字をあらわす漢点字があります。
8点であらわしたり、6点を二つ組み合わせてあらわすほうほうです。
洋二はそこまで覚えるのは、さすがにあきらめました。
若かったら別ですが、これから漢点字を覚える労力は
なかったし、それよりもいろんな本を読むのが充実した
生活を送れるからです。
しかし、漢点字の世界もすばらしいことでしょう。
|