おかげさまで



 「ああ〜。野球が気になってあんまどころじゃないわ」
昼の1時、予約をしていたKさんがそう言いながら入ってきた。

今までテレビを見ていたのだろう。
洋二の店にはテレビがないことを、彼女は知っていた。

テレビ音声を受信できるラジオを、私はつけていた。
(へえ〜)
うれしそうに笑う。
枕元にラジオを置き、聞こえるようにした。

日本4ー0キューバだ。
 「キューバはやっぱり強いな」
日本が2点を追加しました。
ここで先発の松坂から渡辺へスイッチ。

 「なんで交代や蘆。まだ投げれるんちゃうんかな」
そう言っていると相手が、連打で2点をかえした。
いやな予感がよぎる。

「これから帰って、応援したらいいですよ」
「いやもういいわ。血圧が上がるからな」

 このKさんは88歳の女性だ。
熱烈な阪神ファンでもある。
野球が好きで、若いころは甲子園へも何度も
足を運んでいた。

 野球がなければ見るテレビがないと、
いつも言っている人だった。

その彼女が「血圧」のことを口に出すと、
まんざら嘘にも聞こえず
それ以上は洋二は言わなかった。

 次の患者さんは野球のことには、無関心です。
ひたすらしゃべっています。

 洋二は応答しながら、耳はラジオに
集注させていた。

8回キューバは、2ランで1点差まで迫ってきた。
(やっぱり、キューバには勝てないかな)

ところが9回に日本は4点を入れた。
それまで上の空だった私の返事も、
落ち着きを取り戻してきた。

やれやれ、簡単には勝たせてくれないな。
マッサージが終わり、ラジオのスイッチを切った。

ジリリリリー ジリリリリー
(予約かなあ〜)
「先生、おかげさんで勝ちましたわ」

Kさんのうれしそうな声がきこえてきた。
(血圧が上がるから聞けへんいうたんは誰や念)

阪神ファン独特の心理です。
他の番組を見ながらコマーシャルの間に、チラチラと
あかんと思いながら、気になって気になって見てしまう。
彼女のそんな姿が、目に浮かびました。
         (06年3月21日)


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