頤和園は中国に現存する最大の王室公園です。
世界の最も有名な古典庭園の一つです。
市の中心部から約15キロ離れた海淀区に位置し、遼・金時代は
王室の遊楽地でした。明・清時期に帝王の御苑となりました。
1888年、清朝の慈禧皇太后は海軍の軍費を流用して再建し、
今の名称に改めました。同園は万寿山と昆明湖からなり、すべての建築が
山と湖の形に基ずいて巧みに配置され、借景、造景の芸術も採用され、
景色が変化に富んでいます。
今回の旅行で私が期待していた目玉。
お寺と別荘.庭園が併設されたような贅沢な造り。
なかでも、長廊のきらびやかなるや、みごとなものです。絵画は
見えなかったのですが春夏秋冬にそくしたもので、あきることはありません。
景山
明・清時代の皇室庭園です。山の頂はちょうど北京市を貫く
中軸線にあるため、市街を眺めるならもってこいの場所です。
北海公園
北海公園は霊山(瓊華島)、秀水(北海)、白塔で知られる
王室御園です。瓊華島にある白塔は1651年に建てられ、
高さは35.9メートル、その土台はレンガと石で
築かれた須弥座です。うっそうと生い茂る松柏の間に
殿と閣が林立し、これらの殿や閣は水際を通る回廊でつながっています。
公園南門の西側にある団城は、北京城の中の城であり、
団城の真中に承光殿があり、城台の上に金代に植えたマツの木があり、
現在まで800余年の歴史があります。
この日は歩くこと約2万歩はいったでしょうか。
さすがにホテルに帰るや、疲れてしまいました。
ここで体験談をひとつ披露します。
○さん、ごめんなさい。(ばらしちゃって)
○さんが私に近づいてきました。
「宇崎さん、悪いけどトイレへ連れて行って。水を流すスイッチと
トイレットペーパーがあるところを教えて欲しいんです」
「あ、いいですよ」
○さんが握る私の肩の力の入れ具合で、切迫感がわかります。
(旅行慣れしてないとはいえ、ティッシュペーパーは持ってないと名。
ま、世界遺産の公園だからあるかも)
少し期待してトイレへ連れて行きました。これがあまかった。
トイレは人でごったがえしていました。
大のほうを見ると、ドアがわからない。ドアノブが見つからない。
私がまさぐっていると、近くにいた中国の人が
(ここ、ここやで)
と教えてくれました。私たちはありがとうと言いながら入りました。
○さんを立たせたまま私はタンクの周りを触って水を流すスイッチを
探します。また、先ほどの中国人が
「な何しとんねん」
と入ってきました。
「水を流すスイッチを探しているんや」
とは中国語で私は言うことができず
「水、水、流す、流す」
単語を羅列した。すると彼は横の手洗い場を示します。
「そうじゃなくて…」
私は違うとだけ言って、なおもタンクの周囲を手探りました。
彼はようやくわかってくれ
「あー、ここや」
そう言って教えてくれたのです。今度はペーパー、空でした。
「ごめん、紙もってる?」
私は中国の彼に聞きました。彼は後ろのポケットから
束のペーパーをくれました。
私はそれを○さんに渡します。
同時に、中国の彼は私たち二人を残してドアを
閉めます。あわてて
「私は出ますよ。ま待って」
○さんが頑張っている音が聞こえてきました。
「○さん、終わったら大きな声で呼んでなー」
私はトイレの入り口で待つことにしました。彼がいました。
愚鈍な日本人をどう思っただろうか。
気になって、私は彼に向かって行った。
「実は私たち、目が悪いのです。だから…」
そこまで言うと彼は大きく納得したようにうなづきます。
「しかしお前は見えてるんじゃないのか」
「ええ。少しは、でも細かい文字は見えませんので」
カン チエンを無茶苦茶に織り交ぜて、手振りで説明した。
彼は刹那に一切を了解したようであった。
「宇崎さ〜ん」
○さんの呼ぶ声がしました。ほっとした顔をしています。
出口で彼にお礼を述べて、私たちは出ました。
ありがたかった。助かった。まんざら捨てたものじゃないな中国も。
そこまで考えて、
(あ、ペーパー代を払うの忘れてた)
あわててトイレへもどりましたが、彼はもういませんでした。
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