夕 陰 草

 買い物を終えて自転車で帰ってくると、20人ほどの年老いた男女が、ひと塊になっていつものようにしゃべっていました。商店街は今や人通りが少ないので誰の邪魔になるわけでもありません。彼らのしゃべりの中味は聞きとれませんが、騒然としていることがわかるのです。シャッター通りなのでそこだけ話し声が響き、独特の空間をかもしだしているのでした。
 午後の3時に開く「鶴まる温泉」の一番のりを競う客たちの集団なのです。一番のりと言っても、それは暇をもて余している老人たちの日課の一つであり、大切なおしゃべりの場なのです。
 「あ、あんた。お父ちゃん、また寝すごしてんとちゃうか。はよ開けてんか」
 集団の中の老女が恵子をめざとく見つけ、大声で言ってきました。1分1秒でも遅れようものなら、みなから文句の襲来となるのは明白です。
 昼飯をすませてから、あれほど時間になれば開けるようにと光次には念をおしていたのに…まいってしまいます。あわてて自転車を降りて腕時計を見ました。3時ちょうどでした。
そのとき、シャッターが開く音がしました。恵子を見ていた客たちは、一斉にそちらを向いてしまいました。
 (やれやれ、まったく…かなわんわ。毎日がこれやもんね)
まだ、シャッターが完全に開け切らないうちから、客は背をかがめて入っていくのです。洗面用具の入っている荷物を下げて、下駄箱を開けています。早く入ったとて、何の得があるわけでもありません。背中が丸くなっているおばさんや杖をついているおじいさんまで、いそいそと従っていきます。小さな女の子もおばあさんに手をひかれて入っていきました。
 (あれで、ケガでもしたらうちの責任になるんやろか)
恵子は落ち着かない面持ちで、客たちをながめていました。
 ふと道路を見ると、アーケードの真ん中に買い物車が止められているのに目がとまりました。お年寄りが買ったものを入れたり、疲れたらイスの変わりにして座るドシッとした重そうな車です。
 聞くところによると、買い物車は軽くても重くても使い勝手が悪いのだそうです。
軽すぎると車がかってに滑り出し、おいてけぼりにされたお年寄りは転倒してケガをするのです。かと言って、重すぎると腕や腰が痛くなるようです。力がそれだけいるのです。だから、ほどよい重量感を必要とするのだそうです。
 (ったく、誰か忘れたんやろか)
 車を手前にひこうとして恵子は近づこうとしました。と、その瞬間買い物車が勝手に動きだしたのです。
(キャッ)思わず声をはっしそうになりました。ノロノロとゆっくり、車だけが恵子に近づいてくるではありませんか。よく見るとハンドルの両脇には小さな握りこぶしがありました。子供ほどの大きさでしたが、その握りこぶしにはシワとシミがありました。
帽子をかぶったおばあさんが車を押していたのです。顔が見えなかったので誰もいないと、つい早合点してしまったのでした。
 140cm足らずの小柄な体つきです。背中は90度以上曲がっているので余計に小さくなっているのでした。顔は上どころか前も向きません。いや、おそらく向くことができないのでしょう。地面を見ることしかできないのかもしれません。彼女は車を脇に置き、ブレーキをかけました。
買い物車から顔を出すことができないのに、よくもぶつからずにここまでやってきたものです。
車の後ろに下げられた袋をおもむろにぶら下げ、折りたたみの杖をのばして彼女が、のれんをくぐるのを、息をつめて恵子は見ていました。
 そのときになって彼女のことを思い出したのです。 いつも湯代をカウンターまで手渡せないものだから、近くの誰かが代わりに手渡してくれたり、恵子が番台を降りて受け取っていた人だったのです。
 (ああ、あのおばあちゃん。車をこうして押していつもやってきてたんやわ。確か、お玉さん言う名やったわね)
 家がどこにあるかは知りませんが、前方に注意しながら時間をかけてやってきてくれていたのです。初めてお玉さんを真正面から、いや真横から見たのでした。
お玉さんの背中に恵子は「ご苦労様です」と言いました。もちろん、聞こえるはずはありません。

 冷蔵庫に子供たちの食事をかたずけてから、麦茶をコップについで一気に飲みほします。梅雨がまだあけないからか、室内はかなり蒸し暑くなっています。今度の休みにはクーラーの網を洗わなきゃなどと考えながら、恵子は急いで番台へと向かいました。おそらくけだるそうに座っているであろう光次と、交代しなければなりません。
第1陣の客は湯につかっているので着替えているものは一人だけでした。あの小柄な、お玉さんです。指定席のロッカーで着替えるやせた後姿がありました。やがて、ビニール袋から洗面器を出して、あちらこちらに手をそえて、洗い場の方へ入っていきました。
 恵子はお玉さんが一人暮らしかどうかを、思い巡らしました。風呂屋では裸を見るだけで、その人の生活ぶりがわかるのです。ミステリー好きも手伝ってか、そんな妄想をするのがクセになっていたし、好きでした。むろん、客たちは誰もが想像すらしていないはずです。
番台での長い時間をすごすにはテレビや本を見るよりも、これが一番で、密やかな恵子の楽しみでもありました。

 風呂屋にやって来る老人の独り者は、まず、下着を見ればわかります。
あきれるほど古いのをはいていたり、清潔であっても、買い換えないから、ずいぶん着古したものをはいているのです。これは男女を問わずに共通していることでした。嫁や娘が近くにいたら、まめに新しいものを買い換えてくれるだろうと思えるのでした。
このことは、恵子が最初に発見したことだったのです。これ以後、恵子は色々と観察するようになっていったのです。
 中にはボタンもとれ、ゴムもゆるんだボロにちかいのもあります。これは男やもめに多いと思いきや、意外と女性にも多いのです。みすぼらしいというより、もはやあわれとしか言いようがありません。目を覆いたくなると言えば少し大げさでしょうか。
 身体で言えば、爪が目立ちます。手の爪は切っても足の爪までは切ってないのです。伸ばそうと思ってなくても、そこまでは気がまわらないのでしょうか。たいていの人は、足腰が悪くなっていて切りたくても手が届かないのが現実なのかもしれません。背中がまるくなっているから足先まで手が届きそうなものですが、そうもいかないのでしょう。
 爪が伸びているから当然のことながら靴下も穴があきやすいのです。若いうちはきれい好きでも、年を取るにつれて小汚くなってくるのはこんなことが原因だろうと想像がつくのでした。
 洗い場では仲のいい人たちで背中をながしっこしています。たとえ独り者でも気がついた人が背中をながしてくれるのです。だから、背中はみなきれいなのです。
 また、次に目につくのは足の外くるぶしや甲が固くタコになっている人が意外といます。いわゆる、座りダコです。正座だけでなく斜めに座るためか、年を重ねるごとに黒ずんできています。それも、どちらか一方側だけにかたよっているのでした。
 乾燥して白くなった皮膚にタコがくっきりと浮かんで見えます。やせてたるんだ足には静脈がうき、ミミズがはっています。あ、そうそう。お尻も真っ黒になっている人も多いのです。
静脈瘤と真っ黒なタコは年老いた女性の特徴だと恵子には思えるのでした。
 お玉さんは、けっして新しくはありませんが、きれいに洗った下着をはいていました。一人暮らしでも常に面倒をみてくれる家族が近くにいるのかもしれないと思いいたり、ホッとするのでした。


 阪神電車の杭瀬駅周辺は、昔ながらの風呂屋が多い町です。アパートや文化住宅が居並び、風呂がなく、たとえあっても狭いので銭湯に来る者が今でも多いのです。
2km圏内に8軒の銭湯があります。21世紀になっても、これほど銭湯が密集して残っている地域も珍しいでしょう。
大阪都心まで電車で20分足らずと近いにもかかわらず物価も安い。誰の目から見てもこの町は庶民の町なのです。
 恵子が鶴まる温泉に嫁いできて30年余り。そのころは14軒の銭湯がありました。
活気があった商店街は今や“死に態”となっています。若い人は少なくなり、高齢者ばかりがいたずらに増えていると思えるのでした。
 そんな中、銭湯も淘汰されてきました。今残っている銭湯も、いつなくなるかわからないのです。逆に言えば、高齢者が多いので、銭湯という商売も成り立つのかもしれないのです。

 自宅の風呂よりも銭湯を好む人もいます。のびのびして温まるのがよいのでしょう。 一人住まいの老人は、何よりも話し相手を欲しているのでした。顔見知りになれば、他人と絶えない話しを交わすことが、至福のひとときなのかもしれません。
 朝のうちに市場へ行き、夕方のこの時間にはお風呂に入る。帰って夕食がすんだら、もう寝るのです。当然ながら、早起きというサイクルができあがるのでした。

 銭湯での話題は政治の話だったり芸能界の話だったりと、バラエティーに富んでいました。何よりも話題になりやすいのは、周りの騒動でありそれは褒め称すよりも、貶すほうに力が入ります他人の不幸話しほど盛り上がるものはありません。
 また、病気にかかわる内容も多いのです。何日間も銭湯に顔を出さないと、いつのまにか殺されてしまうことにもなりかねません。悪意のない冗談話が生む産物です。
 中心になってしゃべくる人はたいがい決まっています。そうかと思うと、一言もしゃべることができない人もいるのです。すぐに人の話題をとってしまうので小競り合いになることもしばしばある光景です。
恵子はそんなとき仲裁に入るべきかと身構えるのですが、いつも徒労に終わるので、最近では、黙って聞き流すことにしていました。

 一方、女風呂のにぎやかさに比べると、男風呂はよく言えば清らかにしずやかであるといえるのです。悪く言えば、殺風景で活気がないのです。
話し好きなおじいさんもいますが寡黙な人が多いのです。あがると、そそくさと出て行く人が圧倒的です。ときには恵子を相手に話し込んで帰る人もいるのですが、それはマレなことでした。
  男性客の一人者の、年を重ねた者は、たいてい気難しい表情をしています。狷介な人そのもので、人を寄せ付けない者があるのです。
世を呪い、人を呪う、ゆえない悪意をあたりに撒き散らしているのです。足取りはヨタヨタしていて、肩をそびやかし、たどたどしく歩むのです。震える手で杖を持ち、ジロリとあたりへイヤな流し目をくれてやります。
 (この不自由な身体で歩いてる年寄に、誰一人親切にしようというやつは、おらんのかっ)
 と言いたげです。しかしもし実際に手を出して支えようものなら、たちまち、「無礼な、ほっといてくれ」
と猛り立ちそうなのです。だから、声をかけることはできないのです。
 つまるところ、男性老人の一人住まいは可愛げがありません。自業自得と言えるのかもしれませんが、女性がたくましくて社交的なことに比べると、男性は貧祖でがんこで汚くて、手のほどこしようがないと言えるようです。
実際に手を差しのべてきた恵子には残念ながらそう結論をださざるをえませんでした。時々は、手をかしてやると「おおきに、おおきに」と喜んでくれる人もいるのですが、やはりそういう人は少ないのです。数少ないこういう人に声をかけるようにしているのですが、男の人は積極性に乏しいのでしょう。

 やがて、女風呂では洗い終わった何人かが出てくる時間となりました。カラスの行水の人もいますし、1時間半も入っている人もいます。さっさと拭いて出て行く人もいれば、いつまでもおしゃべりをしている人もいるのです。
 バスタオルでふくものもいますが、小さなタオルでサッとふく、拭き方もまた、人それぞれなのです。

 カナさんは小さなタオルてサッとふくと、すぐに下着を着るタイプでした。肉付きがよく60代後半には見えません。
熱い湯が好きなうえに、しかも長風呂です。だからサッとふいただけでは、汗がすぐにふき出します。扇風機を一人占めしているのにそれでも間に合いません。
シュミーズをすぐに着るのはそれでいいのですが、ふき出した汗が途中でシュミーズをまるくしてしまうのでした。ゆったりめのものならいいのでしょうが、カナさんはピッタリめのほうが好きなのです。それをきまって横にいる亀尾さんに
 「ごめーん、下ろして、下ろして」
と頼みます。亀尾さんはいつのまにか、カナさんのシュミーズ下ろし役に任ぜられていたのです。
 (あんたね、もうちょっとふいて、乾かしてから着たらいいんじゃないの‥。ベトベトやないの)
思っていても亀尾さんは決して言いません。お風呂からあがったばかりだというのに汚いものでも触るかのようにつまんで、シュミーズを下ろすのでした。
 「ほう、あんた、えらいハイカラなのを着てるやないの。こんな模様見たことないわ。どこで買ってきたん」
前後ろを反対に来ていることに気づかないカナさんに、亀尾さんはイヤミをこめて言います。よく見ると、前後も反対ですが、裏表も反対でした。
そう言われてカナさんは気づきました。顔は上気していました。
 「もう、反対に着てるって言うてくれたらいいのに、すかんわ」
カナさんはベトベトのシュミーズを脱ぎます。汗だらけのおっぱいがブルルンと揺れます。うらめしそうに亀尾さんはそれを見ながら、また言うのでした。
 「いや、若いあんたやから新しいファッションかとおもてね、いろんな模様があるもんやと感心しとったんよ」
カナさんは平手で亀尾さんの背中をたたきました。アイタッと言う亀尾さんの声が裏返ると同時に笑い声が起こります。

 「ヤベエー」
 この声は2歳になるミユちゃんです。体重計にはデジタルで大文字の数字がうつっているはずです。まだ数字を読めるはずもありません。
近くにいたおばさんたちが一斉に笑いました。家でママが体重計に乗っていつも言っているのでしょう。ミユちゃんは体重計に乗ると「ヤベエー」と声が反射的に出るのでした。まるでパブロフの犬状態です。
 「アア、うちの嫁が体重を気にしてるのよ。細いのに、大騒ぎしてるんよ」
まだ、かた言しかしゃべれないのに妙に感情がこもっていて女の子は本当におませで可愛いのです。みんなのマスコットでした。もしかすると、ペットかもしれません。
 着替えたみんなは、ドリンクを手にしばらく休憩。おしゃべりに花が咲きます。
ミユちゃんは腰に手をあてて両足を広げてイチゴ牛乳を飲んでいました。今度はパパの真似をしているのでした。

 民子さんの様子がいつもと違っています。彼女は着替え終わるとマッサージ器にすぐに座るのですが、今日はまだ座りません。落ち着きもないようです。
 「民子はん、どないぞしたんか」
 「え、あ、うん。ちょっとね」
そう言ってロッカーから出した袋の中をひっかき回し、立ったり座ったりしているのでした。
 「民子はん、ほんまにどないしはったん? お金でもなくしたんか」
 「いや、あの‥‥わての、パ、パンツがおまへんのや」
民子さんは覚悟したように言いました。パンツがないと言いながらズボンははいているのです。和子さんは眉根をよせます。
 「なら、ズボンをはいてるけど中はスッポンポンなんか、あんたはんは」
それには答えずまたカバンの中をまさぐっています。着替えのためのパンツを忘れたのでしょう。
 「持ってくるのを忘れたんやろ。ないもんはしゃーない。来てきたパンツをはいて帰ったらええやん」
それにも民子さんは答えません。きれい好きなのはわかります。それなら、番台に売っている下着を買えばいいのです。その気もないようでした。
実は民子さんは、マッサージ器に使う60円しかいつも持ってこないのです。恵子はそのことについては以前から知っていました。
 「あ、民子はん、そやそや。忘れもんのパンツ、もろて帰ったらええやんか。うん、そうしたらええやん」
さすがに民子さんはそれには拒絶の声を発しました。
 「そんなことできるわけないやろ、汚いッ」
一喝されて和子さんは黙りました。それなら好きにしたらいいのです。もう言うことはないと外人のように手をひろげ首をすくめました。

 トキミさんは今日はマッサージへ行く日です。もくもくと着替えて準備をしています。この人は、週に2回マッサージを受けるのを楽しみにしているのです。
民子さんとは仲がいいのですが、こういうときは関知しません。前にも同じようなことがあってトキミさんが新しい下着を買ってやりました。民子さんは当たり前のように受け取っただけでお礼は言わなかったそうです。それ以来、お金にまつわることは民子さんとは一切切り離したのだそうです。
 トキミさんは、他の人よりは年金が多く、夫もいません。だから、まさに悠々自適な生活をしているのです。民子さんは自営業だったので夫がなくなった今は、年金もなく貯金を切り崩しているのでした。
乾燥防止のクリームを前進にぬり、香水をふりかけ、化粧もバッチリきめています。そしてトキミさんは、いそいそと出て行きました。
 「アア、くさい。このくさい匂いまで持っていってくれたらいいんやけどな」
本人の前では誰も言いませんが、すぐにこんなふうに言われるのでした。
 お金に余裕があったり子供らと同居している人は、個々人の好みで香水をつけたり化粧をしたりと、身のまわりをかまうことができます。それができない人もいるので
、ねたまれたりうとまれたりするわけです。しかし、このことではバトルが繰り広げられることはありません。
 年をとるのならかわいく年をとりたい。みんなの願望です。しかし、お金がなければ身の回りをかわいく飾り立てることもできないし、余裕も生まれてこないのです。
理想と現実のギャップはここにあるのでした。
 さすがに週に2回もマッサージに行くことについては、みなから揶揄されるのでした。
 「あんまばっかりしてたら癖になるで、お金がいくらあってもたりひんやんか」
 「そやそや、体も硬くなるみたいやんか」
トキミさんは何を言われても気にしない人でした。
 「私はあんまをしてもらうことで調子がええんや。それに整風同マッサージの先生は男前やし、話し上手だから、話しをしてたらストレスもなくなるんや。誰に迷惑をかけるわけでもないんやから、ほっといてんか」
そこまで言われると、誰もが黙ってしまうのでした。自分たちもときにはマッサージに行きたいのに先立つものがありません。うらやましくてしかたがないのです。
トキミさんはこの温泉の中ではプチ.セレブな人なのでした。

 民子さんはまだズボンの中はスッポンポンのままで、ウロウロしています。どうするか、決心がつかないようです。
見かねた康子さんが言いました。
 「民子はん、これなんかどうや。とりあえず家まで帰るまでもったらええんとちゃうんか、なあーっ、これやがな」
差し出したのは誰かが忘れていった白いタオルです。忘れ物は恵子が洗ってストックしていました。三段の棚の一番上にはタオル類、その下に下着、そしてその他の忘れ物を一番下の棚に収めていたのです。そこからタオルを取ってきたのでした。
 「これでパンツの代わりにして、帰ってから新しいパンツはいたらええやんか」
そう言う康子さんの口元は笑っていました。横に立っていた真弓さんも棚から何かを取って、口を添えました。
 「これ丁度ええわ、タオルを後ろと前をふんどしのようにしてこのヒモでくくったらええんちゃう」
手つきは、前と後ろを押さえてひもでしめる格好をしています。
 それにしてもこれは忘れ物です。忘れた誰かが取りにくるかもしれないのです。それを勝手にもってきて‥、恵子はあきれてしまいました。確かにもうそろそろ廃棄処分しようかと思っていたのも事実でした。
 「あ、それって今はやりの“ひもパン”ってやつ」
周りからはドッと笑い声が起こります。民子さんは無視しています。
 「ひもパン、ええと、ほら、今の若いこが他の言い方でなんとか言ってたな。エエ
ット、ああ、出てこないわ」
言いたいことが出てこない。あれ、これの代名詞がすぐに出る年代です。
 「うーん、なやましい。お父ちゃんにひもをほどいてもろたら…ウヒャヒャヒャ」
今まで黙っていた人からも声が発せられます。
 「ひもをほどいたら白い毛がチラリ、百年の恋もさめるっちゅうやつやね、ガハハハハ」
 「私やったら、ひもパンなら横から手を入れるでな〜」
またまた、ひわいな手つきと笑い声が上がりました。
 そのとき、すでに出ていたお玉さんが民子さんに何かを手渡しました。民子さんはうれしそうにそれを受け取りました。はっきりとは恵子には見えなかったのですがパンツだったことはまちがいありません。民子さんはニコッとしてマッサージ器に座ったのですから。
 後で知ったのですが、お玉さんが民子さんにやったのは大人用の紙パンツでした。
この年になると、おもらしパットを準備するのはもちろんですが、着替えのパンツを用心して、余分にもっていたのです。それを分けてあげたのでした。
 それにしても民子さんは、忘れてきたパンツが袋の中をさがしたら出てくると思っていたのでしょうか。お金を出して買おうという発想はなかったのでしょうか。たとえ、お金がなくても、恵子に言えばツケにできる間柄なのです。
恵子はあきれてしまいました。と同時に100均で紙のパンツを用意しておこうと考えるのでした。

 銭湯は準備万端かつ用意周到でなければならず、臨機応変に行動をするクイックレスポンスを大事にする必要があります。。もちろん、商売の上で儲けることもも大切ですが、お客様が居心地のよい銭湯であると評価してくれるようにするのが一番なのです。
 鶴まる温泉の奥には猫の額ほどの露天風呂があります。そこは薬草風呂です。これを好きでやってくる客も多いのです。西の窓側には恵子の趣味でミツバツツジの鉢植えを置いていました。小さな露天風呂につかりながら愛でる夕陰草はどんなふうに見えているのでしょうか。
 「ねえちゃん、あのツツジはいいね。うちにもレンゲツツジがあるから今度もって
きてやろうか。」
苦虫を噛み潰したような顔をしたおじさんがそう声をかけてくれます。やはり見てい
る人もいるのです。恵子は笑って礼をしました。
 露天風呂の暖かさとともに夕陰草は、みなをいやしてくれているのだと信じていま
す。夕方になってやってくる人々を見ていると、恵子は幸福感に満たされるのでした
。                                 (了)

 【あとがき】
 私はマンション住まいなので長い間、銭湯へは行く機会がありません。
来院されるお客様の話しをヒントに書いたものです。
 「銭湯があるからボケずにすんでるんや。一日中、家にとじこもってたらおかしくなるわな」
なるほど、そうだと思います。反面、ケンカもあるし、こぜりあいもしょっちゅうだそうです。年をとっても元気であろう女性たちをテーマにしてみました。(09年6月6日)

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